2011年5月28日 (土)

本ブログ休止中のCBTの変化・・・スキーマ療法にめぐりあう

 本ブログの休止中(2005年末から2010年末までの約5年間)の大きな変化としては、スキーマ療法との出会いが挙げられます。スキーマ療法とは米国のジェフリー・ヤング先生が構築した統合的な心理療法ですが、2004年にヤング先生がかなりしっかりとしたテキストを出版され、ひょんなご縁から私たちが翻訳をすることになりました。

 約2年にわたる翻訳作業は、それは苦しいものでした(いろいろな意味で)。ですが、学びながら訳し、少しずつ自分たちの臨床にもスキーマ療法を取り入れるようになって、「スキーマ療法は認知行動療法の大きな到達点なのだな」と実感するようになりました。

 スキーマ療法にはかなりのパワーを要するので、クライアントさんもセラピストも大変ですが、得るものは非常に大きく、従来のCBTとは全く異なるイメージです。スキーマ療法は目の前の症状や困りごとを標準的なCBTで一通り扱った後に導入されます。ターゲットとするのは、その人の世界観、人生観、生き方そのものです。心理療法を「浅い」「深い」と描写するのを私はあまり好まないのですが、あえて言えば相当に深いところを対象とするセラピーがこのスキーマ療法です。

 スキーマ療法に出会うことによって、私たちの実践するCBTの幅がぐんと広がったように感じています。が、効果のあるものはそれだけ副作用もあるというもので、相当慎重に導入しなければならないということも実感しています。セラピストの方々にお願いしたいのは、スキーマ療法の前に標準的なCBTを実施する必要性があることを忘れてほしくないということと、できれば最初はセルフでスキーマ療法をやっていただきたい、ということです。私自身、翻訳して学びながら、まずは自分自身でスキーマ療法をセルフで試してみました。自分の人生を集中して棚卸しするような作業で、とてもしんどかったのですが、やりぬいた後の充実感も大きく、今後の自分を支えてくれる新たなスキーマが手元に残りました。

41gtnmtsml__sl500_aa300__2 そういうわけで、CBTを施行するセラピストの方には、まず標準的なCBTを学んでいただき、その後、スキーマ療法のテキストを読み、セルフのスキーマ療法をやっていただき(もしくは自分がクライアントになってスキーマ療法を受けて)、その大変さや効果を実感したうえで、クライアントさんとのCBTに慎重に導入していただければと思います。

 それにしてもこのようなセラピーを構築するというのは、本当にものすごいことだと思います。先達が作ってくれたものを現場でひいひい言いながら何とか活用している、創造力のない者(つまり私のことですが)のレベルでは、どうしたらこういうことができるのか、想像すらできません。

 今年の認知療法学会ではヤング先生が来日する予定で、今からご講演を聞くのが、とってもとっても楽しみです。

 次回は、私自身がセルフでスキーマ療法をどうやったか、少しだけ紹介したいと考えております。いつになるかわかりませんが・・・(汗)

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2011年3月 9日 (水)

本ブログ休止中のCBTの変化・・・ACTがブームに!

ACTが大ブームになったことも、ブログ休止中の大きな変化でした。

ACTとは「アクセプタンス・アンド・コミットメント・セラピー」のことですが、

この数年に出版されたACT本の多さには、おどろくべきものがあります。

というわけで、私自身も「これは知っておかねば」と思い、

ACTの本を何冊も買い込み、勉強すると同時に、

学会などのワークショップにも何度か参加させてもらいました。

ACTは応用行動分析の産物なので(この点については異論があるようですが)

厳密に考えるとCBTとACTは別物、ということになりますが、

我々のCBTに使える概念やエクササイズがたくさんあり、

セルフのCBTやクライアントとのCBTでも活用させてもらっています。

葉っぱのエクササイズなんかは、反すう思考への対処として

とても使いやすいです。

また特に重要だと思ったのが「価値」という概念です。

CBTではセラピーを通じてどうなりたいか、ということについて

中目標や小目標を設定するのは得意ですが

長期的な目標をどう定めるか、ということについて

これまであまり議論や研究がされていなかったように思います。

ですが、実際は中目標を設定するにあたっても、

その人が何に価値を置いて、どういう生き方をしたいか、

ということは非常に重要なことで、

セラピーで長期目標を一緒に目指すことはなくても、

そこに向かってクライアントが機能できるようになるために

手助けする、という意識を持つことは

とても大切なことなのではないかと、

ACTを学ぶことで、しっかりと認識できるようになりました。

ただ、応用行動分析の理論と「価値」という概念の関連性が

本を読んだだけではどうしてもわからなかった私は、

武藤崇先生のワークショップに出たときに

質問をさせてもらったところ、武藤先生は一言、

「価値って、めちゃめちゃ正の強化子でしょ」とおっしゃり、

私の疑問は氷解したのでした。

そうですよね、まさに正の強化子でした!

というわけで、CBTもいろいろと進化しており、

継続的に学んでいくことが必要なのだな、と

本ブログ休止中のほんの4年間を振り返るだけでも

実感されます。

でも継続的に勉強するべき何かがある、というのは

とても幸せなことだと思います。頑張ろうっと!

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2011年2月23日 (水)

本ブログ休止中のCBTの変化・・・なんと保険適用に

休止中のCBTをめぐる変化の中で、特に公的に大きいのが、CBTが健康保険の適用になったということでしょうか。

ただし30分以上、実施者は医師だけ、420点という設定なので、現実的には今のところあまり機能しているようには思われません。むしろ「保険適用になった」と多くの患者さんをぬか喜びさせたという意味では、罪作りな話かも。

ただしこれがいずれにせよCBTが普及していくための大きなきっかけとなることは間違いなく、いっぽう私たちは私たちで地道に、日々CBTを学び、実践すること、そしてCBTを実践する仲間を草の根レベル増やしていくことを続けていきたいと思います。

追記

ただし保険適用になってCBTに興味を持ってくださる医師がさらに増えたことは実感しています。それはとても喜ばしいことだと思います。

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2011年2月 5日 (土)

本ブログ休止中のCBTの変化・・・爆発的なCBTの知名度アップ

  私がこのブログを休止していた4年間に,認知行動療法(CBT)は,さらに広く世間に知れ渡ったように思います。やはりマスコミの力は大きいですね。うつ病や自殺の問題が取り沙汰され,それらに対する対処法としてCBTが紹介されることが増えたのが大きな要因ではないかと思います。私自身,何度か新聞や雑誌の取材を受けたことがありましたが(テレビは基本的にはお断りしています),その反響の大きさに驚くことしきりです。

  CBT専門のカウンセリング機関を運営し,CBTを広めたい私としては,この変化を喜ぶべきなのでしょうが,実際には手放しに喜ぶことができる状況ではありません。なぜならCBTの知名度がどんなに高まっても,CBTを安全に,かつ効果的に提供できる専門家(臨床心理士,医師,看護師,その他対人援助職)が非常に少ないという現状は,変わっていないからです。「CBTは効果が高い」「CBTで自分も助かるかも」という情報を得ても,実際にCBTを受けることができないという現状は,かえって当事者にとってむごいのではないでしょうか。

  ・・・といった危機感もあり,私たちもワークショップや著作等で,CBTを提供できる専門家養成に励んでいるのですが,このような個別のささやかな努力だけでは「焼け石に水」で,もっとシステマティックな大きな改革が必要なのだと思います。まあシステムの話になると,またもや心理士の国家資格化の問題などなんだの面倒な話になるので,ここでは置いておきますが,とにかくCBTを受けたい,CBTを学びたいというニーズに応えられるよう,あらゆる努力をしていかなければならないのだと思います。

  が,CBTは「セルフでもできる!」というのが売り(?)です。専門家養成も大事ですが,専門家がいなくても当事者(一人でも,グループでも)がセルフでCBTを学ぶことができればそれでよいわけで,そういう意味ではこの4年間,CBTをテーマとした書籍がたくさん出版されたのは非常に望ましいことだと思います。大きな書店に行けば認知行動療法のコーナーがあって,手にとって自分に合う本を選ぶことができますし,大きな書店が近くになくてもアマゾン等でいろいろ見比べて手に入れることができます。

  このごろ特にそう思うのですが,誰もが健康なうちにCBTの知識やスキルを身につけておけば,メンタルヘルスの悪化を予防できますし,QOLを上げることも可能ですので,それが最も望ましいのではないでしょうか。健康な状態だからこそCBTを学ぶのにもさほど時間やエネルギーがかかりません。治療的なCBTに時間がかかるのは,健康レベルが下がった状態(すなわちエネルギーレベルが非常に低い状態)で,新たな知識やスキルを身につけなければならないからです。CBTが広くストレスマネジメントに役立つならば(実際に役立つと私は確信しておりますが・・・現に私も日々CBTで自分が助けられています),学校や職場や地域やメディアなどにおいて,全ての人びとに啓蒙的に情報やトレーニングを提供し,具合が悪くなること自体を予防できればいいと考えるのです。このブログも少しはそういったことのために役に立てるといいのですが・・・

  とはいえ,運悪く病気になられた方にとってはセルフのCBTは非常に大変でしょうから,やはり一定数の専門家は必要で,その養成は喫緊の課題でしょう。最近もある雑誌にこのテーマについて論文を書きましたが,とにかくそのために自分にできることをしつつ,もっと大きな制度や養成システムについてもできることをしていきたいと考えています。

  セルフCBTの書籍については,以下のサイトが非常に参考になるかと思います。

http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-468.html

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2006年8月14日 (月)

クライアント体験:3ヶ月ぶりのセッションの前

自分のキャパを超える量の仕事をずっと抱えており,本ブログの更新をずっとせずにおりました。秋に立て続けに学会で発表したり,ワークショップやセミナーの講師を担当したりするので(もちろんすべてCBT関連),それらの仕事が落ち着いたら,こまめに更新したいと考えております。それまでは,ごくたまーに,ポツリポツリと・・・。

で,所属機関の月1回の研修会でスタッフ同士で実施している「試行CBT」についてです。4月にインテーク面接,5月に初回面接を実施後,私と相方の都合が合わず,6月,7月にセッションが実現せず,今度の土曜日(8月19日)に,3ヶ月ぶりのセッションが実現する予定です。私の主訴は「禁煙」で,インテーク面接後,めっきりと煙草の本数を減らし,その後多少本数が漸増し,それを維持しているというのが現状です。「今はこのぐらいでいいかなあ」というのが本音で,100箱買った煙草もまだ70箱ぐらい残っているし,吸わなくてよい,あるいは吸ってはいけない時間や場所や状況では,あまり苦もなく吸わずに済ませられるようになったので,自宅や喫煙者の多い飲み会(いまどき珍しい!)では,ほどほどに吸ってもいいじゃない,と自分に言い訳しているのが現状です。

いずれにせよ3ヶ月ぶりのセッションであれば,「3ヶ月の報告」というアジェンダで,ほとんどの時間を使ってしまいそうです(1セッション30分)。3ヶ月を振り返って報告しつつ,現状をセラピストに共有してもらい,そのときどんな気持ちになるかを待って,今後の方針を立てたいと思います。

面白いのが,3ヶ月も間隔が空いても,自分がCBTを開始したというのを忘れる日は一日もない,ということでした。頭の片隅には常にそのことがあって,調子にのって羽目を外した後は,「ああ,そうだったそうだった。私は煙草についてCBTをやっているんだわ」と軌道修正のきっかけにするのです。CBTを受けているという意識が,たとえめざましい進歩ではなくても,ひどい後退(再発)を防ぎ,現状維持をもたらすというのを,身をもって体験しているような感じです。

  というわけで,土曜日のセッションが楽しみです。

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2006年7月17日 (月)

性犯罪被害者支援研修会に参加しました(2)

臨床心理士会主催,被害者支援研修会(とくに「性犯罪被害者支援」という分科会)に参加しての感想のつづきです。

●「なぜ人間性心理学の立場か」の説明をするべきではないだろうか

分科会後半は,B先生の事例発表でした。(つまらない冗談が頻発されないだけ,私の怒りは鎮まりました。)B先生の事例は,性犯罪被害者でPTSDに陥った方に対する,年単位にわたる面接過程を示したものでした(事例についてはこれ以上詳しくここでは紹介しません)。B先生は,前記A先生と同様に,「人間性心理学の立場」に立って,臨床を行っているのだそうです。私自身,人間性心理学の立場による臨床実践がどのようなものか,よくわかっておりませんので,事例そのものについてはとくに感想や意見はなく,しいて言えば,「どんなひどい体験をしても,そこから立ち直る人間の力ってすごいなあ」という,ごくシンプルな感想を,事例に対してではなく,事例に登場したクライアントさんに対して抱きました。

私が疑問に思ったのは,この事例の内容ではなく,「なぜA先生やB先生は,人間性心理学の立場で,性犯罪被害者でPTSDに罹った人の臨床を行っているのか」ということです。PTSDの治療といえば,特にエビデンスという視点から見れば,やはりCBT(特に長時間暴露(PE))や,EMDREMDRCBTに含まれるか否かは,別の議論として重要ですが,ここではちょっと保留)の話が欠かせないと思います。とすると,CBTEMDRを使わず,人間性心理学の立場でPTSDの臨床を行うのであれば,その根拠を教えてもらいたかったのです。

私自身,PTSDの臨床経験は豊富ではなく,PEを実際に実施したこともなく,治療効果のエビデンスとは別に,実際に自分がPTSDの方を担当するとなると,「今の自分が安全にできるアプローチはどのようなものだろうか」との問いを立て,計画を立てると思います。つまり「エビデンスがあるから,絶対にPEをやるべきだ」とか,「効果の発現のありようが明確になっていないけど,とにかく効くからEMDRを実施すべきだ」などとは毛頭思っておりません。だからこそ,B先生らがあえて人間性心理学の立場からPTSDにアプローチするその根拠や効果について,きちんと説明してほしかったのです。「だったら質問タイムに訊けばいいじゃないか」というツッコミもありましょう。が,私の偏見と思い込みですが,そういう質問をしてもそれに納得のいく回答が返ってくるとはとても思えませんでした。そういう質問に対し,十分に納得できる回答が返ってくるような吟味がなされているのであれば,事例発表時にそういう話があったはずだからです。

●「感動しました!」のコメントの嵐

お二人の先生のお話の後は,フロアからコメントが出され,質疑応答が行われました。上記の私の疑問をぶつければよかったのかもしれませんが,あまり回答に期待が持てなかったのと(もしかしたら「ネガティブな結果の先取り」という認知的歪曲?),そもそもそういう批判的なことを皆の前で発言する勇気がなかったので(これは単に「すみません,私が情けない人間なんです」として言いようがありません),私はひたすら黙って,他の方々の発言を聞いていました。

コメントの多くが,事例に対して「感動しました!」というものでした。また他には,「性犯罪の加害者は絶対許せない!」とか,「自分にも娘がいるが,性犯罪だけには遭わせたくない」といったコメントも聞かれました。それぞれのコメントにこめられた思いはわかりますが,「性犯罪被害者支援研修」というアジェンダはどこに行っちゃったのでしょう?他に,参考になるコメントや質問もあり,最後の質疑応答の時間はそれなりに勉強になったやりとりもありましたが,全体的には徒労に終わった研修会参加でした。ひどくもやもやしてしまいました。

この事例も,たとえば心理臨床学会の事例研究発表で発表されるのならいいのですよ。発表聞くのにお金払わないし,そもそも抄録を見て,事前に内容について検討できますから。しかし,今回は前にも書きましたが,臨床心理士会主催の,研修ポイントが発生する,いわば会としては「公的」な研修会です。心理士会主催の研修は,「こころの健康会議」や資格認定協会主催の研修会と並んで,資格更新の際には,必ずポイントを取得しておかなければならない研修の一つです。そういう研修会の質を誰がどうやって担保するのでしょう?

・・・というわけで,ごちゃごちゃ書きましたが,日本の心理臨床の現実に直面するような体験は久々だったので,ある意味,よい体験だったのかも・・・。早々にこの領域でのポイントを取得できたし・・・。と,貴重な休日とお金を費やした体験だったので,強引にポジティブな意味を付与して,本記事終わりにします。

あーあ(笑&ため息)。

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2006年7月14日 (金)

性犯罪被害者支援研修会に参加しました

日本臨床心理士会が主催する第8回被害者支援研修会に参加するため,先週末は福岡まで行ってきました。午前中は全体の講演会。午後が4時間かけて,分科会。私が参加したのは,性犯罪被害者支援の研修会です。わが国で今年からスタートした性犯罪加害者の矯正プログラムに,認知行動療法(CBT)が正式採用され,私もそのプロジェクトにほんのちょびっと関わりがあるので,だったら被害者支援についても,「最新の知見」を入手しておきたいと考え,自腹(航空券代,ホテル代)を切って福岡まで行くことにしたわけです。今思うと,臨床心理士会主催の研修会に「最新の知見」を期待した私が馬鹿でした。今回は,この研修会,とくに分科会に参加しての,批判的感想です。

●テキスト読んで入手できる話ばかりを聞かされた(しかもPTSDについて)

分科会のタイトルは,「性犯罪被害者支援」のはずなのに,分科会前半のA先生のレクチャーは,その4分の3が(もっとかも),外傷後ストレス障害(PTSD)についてでした。しかも,PTSDの三大症状についての話を延々とするなど,要はテキストに書いてあるような話ばっかり。私が聞きたかったのは,PTSDの症状についてではなく,性犯罪の被害やその支援についてなのに・・・。そもそもそういうタイトル(アジェンダ)だったからこそ,この研修会に参加したのに・・・。たとえば,性犯罪被害に遭った人でPTSDに罹る人の割合がどのぐらいで,その違いは何か,といった話を私は聞きたかったのです。また,性犯罪被害によるPTSDの治療は,他の原因によるPTSDに対する治療と同じように考えてよいか,それとも何か別の配慮が必要か,といった話があるものと期待していたのです。(CBTではアジェンダ設定と,アジェンダに沿った話の展開を重視します。そういう話の組み立て方に慣れている私としては,アジェンダ通りにやってもらいたく,とにかくイライラしっぱなしでした。しかも,頻発される冗談がつまらない。つまらない話を聞かされると,たいてい眠くなる私でしたが,怒りで眠気も発生しない状態でした。)

臨床心理士会が主催する,研修ポイントを授与する研修会ということは,会としては公的な意味合いをもつ研修会ということです。しかも私たち参加者は8000円という決して安くない受講料を支払い,しかも日曜日に福岡まで行っているのです。そういう研修会の質がこの程度でよいのだろうか,という疑問を激しく抱きながら,気を取り直して,分科会後半の事例発表を聞きました。(この話,つづく)

※ちなみに本記事は,読む人が読めば,あるいはその気になった人が調べれば,講師の先生方のお名前が明確にわかるはずです。それはまずいことなのでしょうか?という疑問がわきましたが,日本臨床心理士会主催の研修で,いつどこで,誰が講師を務めるのか,という情報は,守秘しなければならないものであるという教示を受けたことはありませんし,個人を誹謗中傷するつもりでこのような記事を書いているつもりもありませんので,思い切ってアップすることにしました。が,万が一このような提示の仕方がまずいという見解があり,その根拠を納得できれば,本記事は削除しますし,つづきの記事(すでに下書きは済んでおりますが)も掲載しませんこと,ここに明記しておきます。

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2006年7月 1日 (土)

お薦めの本:『認知行動アプローチと臨床心理学』(金剛出版)

CBTの実践と研究のインタフェースに関心のあるサイコロジストなら,誰でも尊敬しているであろう(と,私は思っている),丹野義彦先生の新著です。

『認知行動アプローチと臨床心理学』(2006年,金剛出版)

なかなかの大作で,読み応えがありました。

本書の面白さは,ひとことで伝えるのが難しいのですが,とにかく「さまざまな角度から,心理学について学べる,再考できる」と書くとよいでしょうか。認知行動療法の最近の知見のまとめ,イギリスの認知行動療法家の仕事ぶり,なぜイギリスでは認知行動療法がさかんなのか・・・などといった認知行動療法(CBT)に関わる記載だけでも,大変勉強になるのですが,それだけではないのです。

たとえば,心理学は大学教育においてどう扱われる必要があるか,心理学のプロフェッショナルを養成するためのシステムはイギリスの場合どうなっているのか,といったサイコロジストの養成や心理学研究のあり方について,イギリスの実情が詳しく紹介されており,それはそれで勉強になりますし,大いに参考にもなります。

またちょっとした心理学史のおさらいもできます。私は本書で,「連合主義」についてあらためて学べました。

さらにCBTだけではなく,他のアプローチについてもイギリスの現状が詳しく記載されています。対象関係論のちょっとしたお勉強にもなりました。

最後に,やはり本書の素晴らしさは,丹野先生の情熱が,ひしひしと伝わってくることでしょうか。日本の臨床心理領域をもっとエビデンス・ベーストなものにしていくために,CBTを日本において正しい形で普及させるために,イギリスをモデルにしつつ,自分たちで頑張ってやっていこうではないか! という先生の熱い思いが,どの頁を読んでいてもあふれ出てくるように思われました。

以上,とりとめなく書きましたが,とにかく本書の魅力をコンパクトに伝えるのは難しい。ぜひ手にとってお読みになることをお薦めいたします。

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2006年6月22日 (木)

クライアント体験:次のセッションまであと2ヶ月

  今,私が体験している「試行認知行動療法(試行CBT)」は,私が勤務する機関の月1回の内部研修会のときに実施しているものです。なのでセッションのペースは月に1回。かなりゆっくりしたペースですが,急性期ではなく,慢性化した問題を扱うのであれば,この月に1度というペースもなかなか悪くないと,実際にやってみて感じていました。

  が,6月の研修会は相方が研修会を欠席,7月の研修会は私が欠席するはめになり,残念ながら5月のセッションの次は8月,ということになってしまいました。今から数えてあと2ヶ月,この前の5月のセッションから数えて実に3ヶ月ということになります。

  そうとわかったときのクライアントとしての私の反応ですが,確かに残念な気持ちではあるのですが,「とにかく現状を3ヵ月後まで何とか維持して,セラピストに報告したいな」という気持ちが一番強くありました。「3ヶ月あくなら,もういいや,どうとでもなってしまえ」というモチベーション・ダウンでもなく,「3ヶ月あくなら,もっと自分で進めてしまえ」というモチベーション・アップでもなく,維持を望む気持ちです。

  というのも,以前毎日1箱,つまり1週間で7箱以上吸っていた煙草を,今現在週に2箱ペースに落としており,そのなかで「読書療法」をしたり,コーピングカードを使ったり,「吸おうかな,やめておこうかな」という状況でさまざまな自動思考が生じるのを体験したり,「CBTで“我慢”を目指すのは,やはりおかしなことだ」と改めて気づいたり・・・,要はさまざまなことを実感的に体験しており,それだけで今は「いっぱい状態」なのですね。そしてとにかくその「いっぱい状態」を一度セラピストに「報告したい」という気持ちが強くあるのです。報告して落ち着いてから,次のステップに進みたいのです。

  というわけで今回,次のセッションまでの間隔が長いことを知って思ったのは,CBTにおけるセラピストの機能の一つとして,「報告を受ける」「報告を共有する」というのがあるなあ,ということです。「どんなにささいで,つまらないことでも,このセラピストならちゃんと共有してくれるだろう」という信頼があればこそ,こう思えるということも重要だと改めて思いました。

  やっぱりCBTの要は技法ではなく,対話なのだ,ということでしょうか。

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2006年6月15日 (木)

クライアント体験:読書療法感想『禁煙の愉しみ』その1

「禁煙に対する認知行動療法」というタイトルが,実はまずかったと思っています。というのも,私が目指すのが「禁煙」かどうかが,非常にあやういからです。

ただ少なくとも,「遠い先に禁煙できたらいいなあ」という希望的観測のもと,CBTを受け,いろいろと試しているのは事実ですし,面倒くさいので,いちおう「禁煙のためのCBT」ということで,このシリーズ続けていきます。

読書療法の3冊目,『禁煙の愉しみ』(山村 修)について,少しだけ書いてみます。「少しだけ」というのは,本書については,今後いっぱい書きたいからです。また本書を通じて読書療法について改めて考えたことについても,できればちょっとずつ書いてみたいと思っています。

もともと本を読むのが好きな私としては,たとえ実用的な目的であっても,すなわち読書療法目的で読む本であっても,やはり本として読む価値のある,読んでいて楽しい,心に響くようなフレーズが書かれてある本を読みたいものだと思っていました。そういう意味では,読書療法1冊目の『禁煙ファシズムと戦う』は,私にとって実用価値はありませんでしたが,読み物としては,そこそこ楽しめました。逆に『女性のための禁煙セラピー』は,これもあくまでも「私にとっては」という注釈つきですが,読み物としては最低でした。本を読む楽しさ,文章を読む楽しさがまったく感じられなかったので。

  そして今回の『禁煙の愉しみ』です。これはとても素敵な本でした。文章や言葉の連なりとしても素敵。実用書としても素敵。これぐらい素敵であれば,読書療法のお供として,頼りにしたいと思うわけです。本書の何がどのように素敵か,ということについて,今後何回かにわけて書いてみたいと思います。

今日はここまでで失礼します。

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