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2006年5月26日 (金)

クライアント体験:読書療法感想『禁煙ファシズムと戦う』

読書療法の途中経過です。

『禁煙ファシズムと戦う』 小谷野 敦・斉藤貴男・栗原裕一郎(著)

これは反嫌煙運動本です。一気に読了しましたが,感想を一言でまとめると,小谷野氏のパート(これが大部分ですが)は,「下品!」に尽きます。

読み物としては面白いです。中島義道氏の『うるさい日本の私』を読んだときと同じ面白さを感じました。

が,「神経症の自分にはストレス解消のために,いつでもどこでもタバコが必要なんだ。タバコごときでうるさく言うでない。タバコなんかより,排気ガスを撒き散らしている車のほうが,よほどひどいじゃないか。タバコに文句言うより,車に文句言え!」という主張を,露悪的に吐露するやり方は,一読者としては面白がれますが,一喫煙者としては気分が悪くなりました。

ただ,共著者である斉藤貴男氏の,小谷野氏に比べればかなり冷静な議論は,それなりにもっともだと頷きながら読めました。(ちなみに斉藤氏は非喫煙者だそうです)

たとえば,こんなくだり。(旧厚生省の補助を受けた,喫煙者の生涯医療費が非喫煙者の医療費をいくらか上回る,という研究報告に対するコメント)。

  人間は何のために生きているのかと,否応なく考えさせられる。ならば肝機能障害に直結する飲酒はもちろん,ケガの原因となるスポーツ,目を悪くする読書,およそ人間のあらゆる営みに同じことが言え,“予防”の対象になり得る。

  長生きしすぎた老人や身体障害者,治る見込みのない重病人,働かない貧乏人,余計なことを言って社会全体の生産性を低下させるジャーナリストや評論家など,皆とっとと死んでくれることが,財政にとっては一番ありがたいことになる。(p.131)

あるいは,こんなくだり。

  このような思考経路を辿って作成された「健康日本21」試案は,その全体像も,ザミャーチンの『われら』を彷彿とさせる,馬鹿馬鹿しいほどの人間管理思想に貫かれたものになった。先に一部を紹介したが,もう少し列挙しておく。

「質・量ともに極端に偏った食事をする者の割合を減らす」(一日最低一食,きちんとした食事を,二人以上で楽しく,三十分以上かけてとる)」

「一ヵ月間にストレスを感じた人の割合を減少させる」

「六十歳における二十歯以上の自分の歯を有する者の割合を増やす」

「適正な身体活動をする者の増加(国民の10%が早歩き毎日30分実行)」

  誰も好きこのんで孤独な食事を摂っているわけでも,ストレスを溜めているわけでもない。早歩きの励行に至っては泣けてきた。私たちはなぜ,国ごときに自分の健康についてまで指図されなければならないのか。(pp.149-150)

公衆衛生的思想というのはそういうもんでしょ,とも思いますが,私自身も斉藤氏が表明している,国や世論の「清潔・浄化志向」に対する強烈な違和感はわかります。それが喫煙に向かえば,「禁煙ファシズム」と呼んでもよいような極端な主張や制度化につながりうることにも同意します。

斉藤氏は非喫煙者です。そして私は小谷野氏の露悪的態度より,非喫煙者ながら本書に寄稿した斉藤氏に与したいなあと思います。つまり,小谷野氏のように,人びとに抗議されながら,そしてあらゆるところでトラブルを起こしながらといった,つまりバカバカとタバコを吸い続けるといったやり方以外で,「禁煙ファシズム」的なこととは戦いたいなあと思うわけです。

試行CBTを通じて,自分の「タバコスキーマ」をメタ的に考えることの多い今日この頃,いろいろなヒントを与えてくれる本ではありました。

読み物として面白かった分,『女性のための禁煙セラピー』よりはずっとよい本かも。(『禁煙セラピー』については,近日中に書きます。本当に嫌な本でした)

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