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2006年4月25日 (火)

クライアント体験:他者による問いの力(1)

またまた試行CBTの話題です。

インテーク前に様々なことを考えているうちに,とうとう試行CBTのインテーク日当日となりました。当日ともなると,「とうとうこの日が来てしまった」「もう逃げられない」といった認知(自動思考)が生じ,気分的にも「開き直り」に近い感じになってきます。そして,「どうせ始めるんだから,つべこべ言っていないで,セラピストに助けてもらいながら,やれるだけやってみよう」と,なかばやけくそ気味な自動思考が浮かんできました。そしてとうとうセッションが始まりました。

時間の都合で,当日は1回15分の「インテーク面接」という設定でした。インテークなので,本題に入るのではなく,「何を主訴とするか」「その主訴に対して,どのようにしてCBTを進めていくか」といった話を中心に行われたのですが,この日一番の収穫は,私がおずおずと「一応,禁煙したいということを主訴に進めていってほしいのですが・・・」と言い出したことに対し(中途半端なモチベーションなので,どうしても「おずおず」「もじもじ」と言い出す感じになっちゃうんですね),セラピストの言った「どうして禁煙したいのですか?」という問いに対する自分の反応でした。

  セラピストの質問に答えようとして,しばらく考えているうちに,自分が「禁煙」を主訴とする理由,つまり「どうして?」に対する答えが,突然自分のなかでとてもクリアになり,自分自身で非常に納得してしまったのです。

  一応「禁煙」を主訴に,この試行CBTに臨もうと思っていたぐらいですから,「自分はなぜ今回,この試行CBTにて,禁煙しようとしているのか」などなど,さまざまな自問自答はすでに発生していました。しかし,そのような自己完結的な自問自答と,目の前のセラピストから,つまり他者から発せられる問いに対して行われるオープンな自問自答とは,全く違っていたのです。その違いを,このとき,まざまざと実感しました。

  自己完結的な自問自答の場合,結構アバウトな回答で満足して,終わってしまうのですね。禁煙で言えば,「やっぱり世間の目は厳しいし」「健康に悪いし」「お金ももったいないし」などなど,ありがちな回答で適当に満足して,「だからやっぱり禁煙したいよね」とへらへらと考えるに留まり,それで終わり!という感じです。が,目の前にいるCBTのセラピストから,「どうして禁煙したいの?」と聞かれたときには,自己完結的な自問自答とは全く異なる真剣さで,思わず自問してしまっていたのです。「本当にあなた(自分)は,なぜ禁煙したいのか。なぜ禁煙を主訴に,CBTを始めようとしているのか???」と。これがまさに「問いの力」なんだなあ,と実感しました。

  そして,セラピストを目の前にして,あれこれと考えた結果,「あ,そうか!」というぐらい,自分にとっては明確な,禁煙したい理由が浮かび上がってきたのです。まさに「浮かび上がってきた」という感じでした。浮かび上がってきたものをつかまえて,「あ~,なるほど,そうだったのか~」と,自分のことなのに,改めてびっくりする,という感じでした。

  とりとめがなくなってきましたし,長くなってきましたので,自問の結果気づいたことについては,次の記事に書きます(といっても,大したことに気づいたわけではありません。私としては,気づきの中身より,セラピストとの対話のなかで,今までとは違う「気づき方」をした,という体験ができたこと自体が,むしろ新鮮でした。・・・といちいち伏線をはること自体が,禁煙に対して覚悟が決まっていない証拠かも・・・笑)

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コメント

初めてコメントさせていただきます★

クライエント体験~禁煙編~一気に読んでしまいました。
私も喫煙、禁煙、喫煙、禁煙、喫煙、禁煙(しつこい・・)を繰り返している者です(><)

こんな私なので、もちろん「何で禁煙したいのか…?」をよく考えるんです。で、出てくる答えが「体に悪い」「お金がかかる」「運転中は危ない」…と、まぁ「そりゃそうだろ…」ってな答えばかりで、いまいち力強い動機付けにはなってないんです。

そこで、「何で、喫煙するのか…?」をまさしく、今日の仕事の帰りに、車の中で○バ○を吸いながら考えてみたんです。

お恥ずかしい話、私の場合、喫煙する理由の50%ほどが“自己陶酔”です。つまり、吸ってる自分に酔ってる・・・というど~しようもない理由なんです。でも、実際、とりわけ若い女性の中にはこの「自己陶酔型」が多く、彼女たちもそのことに関しては自己認知している、という研究報告を見たことがあります。

で、残りの50%は・・・旨く言えないんですけど、喫煙している時のあの時間が好きなんです…はい、きっと。何を考えてるわけでもなく(もちろん何かを考えている時もありますが)、かといって、何も考えてないわけでもなく、ただ月を眺めていたり、通行人を目で追ってみたり、ベランダの天道虫を観察したり、といった時間です。
こういった何でもないけど、何でもなくない時間を、もしタバコなしで持つことができるか…?と問われたら、おそらく(確実に)ムリです。(こ~ゆうのを"ナンタラ思考"っていうんですかね…)
タバコを持たないで外に出て、月を眺めたところで、通行人の人となりを勝手に想像したところで、天道虫のブチを数えたところで、おそらく10秒と持たない感じがするんです。
タバコを吸ってるからこそ、身の回りに起きていることに入り込めるというか、身を委ねられる、という感覚ですかね。吸っている時とそうでないときだと、外界に対する認知機能(生物学的にも、心理学的にも)が異なる気がします。

で、何が言いたいかというと、私の場合その喫煙で得られるものに変わる”何か”を探す事(ない可能性も大いにありますが)先決なのでは?という結論に至ったのです。

ここでひとまず「確認」ボタンを押してみました。びっくりです…すごい長い文になっている事に…なので、今日はここでおしまいにさせていただきます。とっても中途半端な形で終えてしまってすみません。100箱計画やクライエント体験のその後についても興味ありありなので、今後もコメントさせていただくかも知れません。
よろしくお願いいたします。
今回のコメントは、今自分が考えている事&実践している事とタイムリーでマッチしていたので、コピー・貼り付け等なしで(笑)、思いつくまま書いたので、意味不明なところが多々あるかもしれません。
テキト~に流して読んでください♪

何が言いたいの?って突っ込みたくなるくらい中途半端になってしまい本当にスミマセン↓

投稿: 月下美人 | 2006年4月27日 (木) 01時25分

月下美人様

コメントありがとうございます。テキト~どころか,
何度も熟読いたしました。

「なぜ禁煙を?」と考える前に
「なぜ喫煙を?」を考えるというのは,
確かにとても重要だと思います。
私もしょっちゅう考えております。

> で、残りの50%は・・・旨く言えないんですけど、
> 喫煙している時のあの時間が好きなんです…はい、きっと。

これ,すごくわかるなあ。
この文言のみ,さらに熟読しちゃいましたもん(笑)。

なので,おっしゃる通り,
「あの時間」によって得られる何かを,
「あの時間」なしで得られるようにならないと,
ただ単にこれまで手に入れているものを手放すのは
難しいかもしれませんね。

この企画は(→私の未練がましい禁煙計画のこと),
とりあえず続けていきますので,
ぜひぜひまた貴重なコメント,お願いします。

投稿: coping | 2006年4月27日 (木) 10時06分

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