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2006年4月27日 (木)

クライアント体験:他者による問いの力(2)

  またまた試行CBTの報告です。(最近,こればっか・・・笑・・・しかし,貴重なクライアント体験については,できるだけ事細かに記録しておきたい)

  セラピストに主訴をおずおずと語った後,「どうしてあなたは禁煙したいのですか?」と改めて問われた際,ほんの数秒あるいは十数秒だったと思うのですが,ものすごく真剣に,かつ,めまぐるしく,自分のなかで改めて自分に問いました。「どうして私は禁煙したいなどと,この場で言っているんだろう?」と。

  で,出てきた答えは,「私は煙草を止めたいのではなく,今の,この世の中で,【煙草を吸う人】であることを止めたいんだ」ということでした。

  改めてまとめると,私は煙草を止めたいのではないのです。そうではなく,煙草を吸う人を「かわいそうな人」扱いする,今の世間の情勢において,そのような「かわいそうな人」扱いされるようなポジションにいることが嫌なんだ,ということです。

  そのように答えてみて,なんだか非常に,「あ,そうだったのか」とスッキリしてしまいました。このスッキリは,問われて初めて気づいたからではなく,これまでも間違いなく,うすうすそう思っていたのですが,問われて自ら改めて考え,その考えを口にすることによって,それをはっきりと目の前の他者(セラピスト)に対し,明確に言葉にできたからこそ得られた感覚だと思います。

  これがCBT的コミュニケーションにおける,ソクラテス式問答のもつ力なんだと,答えたあと,やけにしみじみと感じてしまいました。クライアントとしての私は,この問答を体験できただけで,インテークを受けてよかった,と満足しています。

  しかしひるがえって,普段セラピストとしてCBTを実践する者としては,「問いの力」の大きさについて気をつけなければならないと,改めて実感しました。ある問いを問われて,それに答えるだけで,これだけ満足できる場合があるということは,逆もあるということです。つまり,セラピストの問いに対して自問するだけで,これだけ満足できる場合があるということは,逆に,問われることによって大きく心が揺さぶられる場合がありうるということなのだと思います。

  この「問いのもつ力」については,私なりに注意して,用心深くひとつひとつの問いをクライアントさんに発してきたつもりではありますが,今回のこの体験によって,自分の発する問いに対して,さらに自覚的になろう,と決意した次第です。

   ・・・という具合に,たった15分間の試行CBTのインテーク面接を体験しただけでも,あれやこれやと様々な感想が生じること自体に,新鮮な驚きを感じています。(で,こうやってブログに垂れ流している・・・)

   ・・・などと書きつつ,次回のセッションまでのホームワーク(生涯最後の煙草を100箱用意して,各箱にナンバリングする)には,いまだ全く手をつけていなかったりするのでした。(それにしても「100箱」という数量に,未練がましさを感じるなあ)

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