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2006年4月20日 (木)

クライアント体験:インテーク前の心の揺れ

  クライアントとして,認知行動療法(内部研修会での試行CBT)を受けることが決まってから,昨日も書いたような認知的,行動的変化が自然に起きたのですが,その体験が自分にとっては非常に新鮮でした。そして全く同一とは言えないと思いますが,我々がやっているような民間機関にインテーク面接を申し込んでくださるクライアントさんの思いを,これまでよりほんの少し,より理解できたような気がしました。(あくまでも「そんな気がする」というレベルですが)

  特に私が「ああ,なるほど,そういうことなのか」と思ったのは,「あまり早急に進めないで欲しい」「ゆっくりと進めていってほしい」「主訴を解消したいのはもちろんだけど,でも,時間をかけて徐々に変わっていきたい」というクライアントさんの思いです。

  そのようなクライアントさんの思いと,私ごときの「禁煙してみるかな」という半端な思いを一緒にするのは,ある意味大層失礼なのかもしれませんが,それでも研修会の「試行CBT」といえども,一人のクライアントとして真剣にCBTを受けようとする者からすると,確かに主訴を何とかしたいという思いはあるのですが,でもそのような主訴を抱えている自分は,これまでも,今も,これからも自分として生きていく自分であって,主訴もそのような自分の一部なのです。とすると,たとえ主訴であっても(すなわち解決したい問題であっても),それらとある程度じっくりと向き合い,ちゃんと考え,納得して解決の道を探り,辿っていきいたいのです。

  ・・・といった体験を通して,CBTの進行について話し合う際,「ゆっくりと進めていってほしい」などといった希望を出されるクライアントさんの思いが,これまでよりもう少し実感をもって理解できるような気がしたのでした。

  (いきなり話が大きくなりますが)人は「変わりたい」と思うと同時に「変わりたくない」と思う存在なのだと思います。その人は,これまでも,今も,これからも,変わらず「その人」であり続ける限り,それは当然の思いだと思います。だからこそ,問題解決志向の認知行動療法を実施する者としては,あるいは,トライアルで認知行動療法をクライアントとして受ける者としては,何らかの問題を抱える自分自身は自分自身として大事にして,一方で,何とか解決したい問題は,協同作業を通じて,解決のための努力を続けたいものだ,と今回の体験を通じて,改めて実感した次第です。

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コメント

 ライブのCBT、滅多にない機会なので楽しみにしていますね。及ばずながらエクスポージャーに協力しましょう(笑)

投稿: アド仙人 | 2006年4月23日 (日) 01時44分

アド仙人さま

ご声援(?),ありがとうございます。
どうなることやら,さっぱりわかりませんが,
カウンセリングのユーザーとしての率直なコメントを
随時,掲載していきたいと思いますので,
どうぞよろしくお願いいたします。

投稿: coping | 2006年4月23日 (日) 23時36分

下手ほどしきりと変えようとしますね
まあとりあえずゆがんでいようが何だろうが、今のとこ変わらんもんはしゃーない、と思えれば・・・脱落も減るでしょうねぇ

投稿: nishikawa | 2006年4月24日 (月) 01時41分

西川さま

コメントありがとうございます。同感です。
そもそも「ゆがんでいる」と判断できるのも,「変わる」ことを決めるのも,セラピストではなくクライアント自身だと思います。CBTのセラピストがまずできることは,クライアントの判断や決断を手助けするために,クライアント自身のセルフモニタリングを促進したり,一緒にアセスメントしていくことなのだと思います。

投稿: coping | 2006年4月24日 (月) 08時27分

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