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2006年3月12日 (日)

【一人でできる認知療法・認知行動療法】その12:注意の転換 技法⑥

●自己注目することによるデメリット

  よく「自分をよく見つめましょう」とか「自分探しをしよう」などと,それがあたかも素晴らしいことように言われることがありますが,本当にそうなんでしょうか? ここでは自分に注意を向けることを「自己注目」と呼びますが(社会心理学の用語です),場合によっては自己注目は役に立つどころか,むしろその人の適応を妨げることが,諸研究によって明らかにされています。

  パターン①:その一つの例が,自分についての「反すう」です。「なぜあのとき自分はあんなことを言ってしまったんだろう」「どうして自分はいつもこうなんだろう」「私はダメな人間だ」「どうせ私は何をやってもだめなんだ」「どうして私は皆から好かれないんだろう」「自分はこれからどうやって生きていけばいいんだろう」・・・のように,自分のことについてネガティブなことばかりを考え続けていると,気分がますます悪くなることは,容易に想像がつきますね。自分のネガティブな面に注目し,それを考え続けるといった自己注目のあり方は,抑うつ的な人によく見られる思考パターンです。心理療法を受けに来られる方には,このような思考パターンを有する人が多くいらっしゃいます。

  パターン②:もう一つの例が,他者とのコミュニケーションの場で,「自分は相手からどう思われているのか」「自分が緊張していることが,相手にばれてしまったのではないか」「自分は相手に嫌な思いを与えているのではないか」「(自分が)相手に嫌われたらどうしよう」「(自分は)相手から嫌われてしまったのではないか」・・・のように,“相手にとって自分はどうであるか”という形で,自分にばかり注目してしまう思考パターンです。こんなふうに自己注目しながら,相手と話したり,人間関係を保ったりするのは,とてもしんどいことでしょう。心理療法を受けに来られる方には,このような自己注目のパターンをお持ちの人も多くいらっしゃいます。

  パターン①にせよパターン②にせよ,注意を自分に向け続けることで,さらに自分自身が苦しむ結果となっていることが,おわかりいただけるかと思います。そこで必要になってくるのが,そのような自己注目のパターンを変えること,すなわち自分以外のことに注目するように意図的に心がけることです。これが“注意の転換”です。

●【注意の転換】

  注意の転換は,意図すれば誰にでもできます。転換する対象は何でもかまいません。具体例を挙げましょう。

小さな気晴らしを,念入りに行う。例:丁寧にお茶をいれて飲む。お風呂に入って入念にシャンプーする。ひとかけらのチョコレートを大事に味わう。目をつぶって好きな音楽を堪能する。ひいひい言いながら,辛いものを食べる。

単純作業に没頭する。例:靴を磨く。皿洗いをする。野菜を切る。洗濯物をたたむ。プチプチ(クッキーの缶などに入っているシート)を1個ずつつぶす。ハサミを使って,いらない紙をできるだけ細かく切る。アイロンをかける。洗ったハンカチをアイロンを使わずできるだけきれいに畳む。

少しだけ頭を使う作業をする。例:ひとりしりとり。計算(1007939378686779・・・というように,ある一定の規則に沿った計算を頭のなかで行う,あるいは紙に書いて行う)。「あ」で始まる単語をできるかぎり案出する。

視覚的作業を行う。例:周囲を見渡して「赤い」ものをできる限り見つけ出す。周囲を見渡して「四角い」ものをできる限り見つけ出す。

  他にもありますが,このぐらいにしておきます。要するに,目の前の,あるいは頭の中の,小さな作業に注意を向けて,その注意を維持するということが重要です。何かものすごいことをする必要はないのです。人が一度に使える注意の用量は決まっていますので,とりあえずそれを自分ではなく,別の小さなことに向け続ければ,ネガティブな自己注目の悪循環から脱け出すことができるのです。

●コミュニケーションしている間の【注意の転換】

  他人と話している最中に,ネガティブな自己注目が起きてしまった場合は,上述の対処法は使いづらいですね。その場合にできることを,これも簡単に紹介します。

相手の容姿を点検する

相手の声を点検する

相手の表情を点検する

話題に注意を向ける

場(状況)に注意を向ける

  要するに,「自分がどう見られているか」,「相手にとって自分はどうか」ということばかりに注目するのではなく,相手や話題や場(状況)に注意を分散させるということです。気分よく自然に対話しているときには,このような分散が努力しなくてもできているのです。が,他者と話しているときに自分に注目しすぎてしまうパターンが身についてしまった人は,多くの人が普通にできている注意の分散を,あえて意図的に行う必要があります。慣れてくれば,自己注目ばかりして肝心の話題にも集中できなかった自分が,ずっと楽な気持ちで他人と対話できることを発見できるでしょう。

●今日のまとめの一言:ネガティブな自己注目のパターンによって,つらい思いをすることが多い人は,自己注目に気づいたら,注目の方向を自分以外の対象に転換してみよう。注意の転換を意図的に繰り返しているうちに,結果的にネガティブな自己注目パターンも緩和されるだろう。

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コメント

こんにちは。
このことは、とてもよく私に当てはまります。
いつも人と話した後は『一人反省会』をしています。落ち込むだけでちっともいいことないんですけれど。
病院内の心理士のカウンセリングを受けていた時も、『一人反省会』をする、ということを話しましたが、受容?共感?されただけで、どうすればそのスパイラルから抜け出せるか、というヒントはありませんでした。
自分で頭が働かない人〈エネルギーが低下している人)には、専門家からの先導が必要だと思います。そういう意味で、素人ながら、認知行動療法は受容されるだけのカウンセリングよりも有効だと思います。
これからも、このようなわかりやすく役に立つ講義をよろしくお願いします。〈お忙しいでしょうけど)

投稿: akino | 2006年3月14日 (火) 21時50分

akinoさま
コメントありがとうございます。
おっしゃるとおり,認知行動療法は,受容共感も大事にしつつ,クライアントさんがはまっているスパイラルから抜け出すためのヒントを何とか一緒に探そうというスタンスの心理療法です。とは言いつつ,「先導」できるほどの知識も技術も私自身まだまだ足りないと自覚しておりますので,このようなコメントを大事に拝読しながら,スキルアップを目指したいと思います。(このような本音のコメントをいただけると本当に嬉しいです!)
おちこまずにできる『一人反省会』のプログラムなど,考案してみたいものですね。(ときどき私も一人反省会で落ち込んでしまうときがあります)
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

投稿: coping | 2006年3月15日 (水) 00時25分

はじめまして。CBTセンターの西川です。
素敵なブログなので当ブログからもリンクを貼らせてもらいました。ご了承下さい。

1つ質問があるのですが、よろしいでしょうか?
ある種の不安障害の方々は不安の低減を目的としてしきりと気をそらせる行動を取られています。
例えばPDの方は電車の中で予期不安が出た際、バックをガサゴソかき回したり、必死で携帯をいじったりします。
これらは「安全確保行動」として一定必要ですが、結局のところPDそのものの維持悪化因になっているというのが従来の行動療法的な見解だと思うのですが、ここに書かれている「注意の転倒」対処との違いをどうはっきりさせるべきなのでしょうか?
教えてください。

投稿: nishikawa | 2006年4月12日 (水) 00時41分

nishikawa様
コメント&リンクをありがとうございます。こちらからもぜひリンクを貼らせていただきます。よろしくお願いいたします。
「注意の転換」に関しての私見ですが,基本的にはエクスポージャーを妨げないような活用法を目指すべきであると考えております。それは不安障害のCBTにおける,エクスポージャー以外の全ての技法についても言えることだと思います。たとえばリラクセーション法でも,認知再構成法でも,エクスポージャーを維持させるための使い方なら効果があると思いますが,エクスポージャーを妨げるような(安全確保の儀式的維持につながるような)使い方は逆効果である,というのと同じことだと考えております。要は同じことでも機能的な視点から,有用だったり逆効果だったりするのだと思いますが・・・。以上でお答えになっておりますでしょうか? 本記事においては「注意の転換」ではなく「注意の分散」という表現にすればよかったと,nishikawaさんのコメントを拝読して改めて思いました。

投稿: coping | 2006年4月12日 (水) 01時15分

ぶしつけな質問にもかかわらず、ご解答ありがとうございます。
せっかくですから、論を進めてみましょう

>基本的にはエクスポージャーを妨げないような活用
エクスポージャーと非エクスポージャーの違いは結局のところどこにあるか?

同様に
>エクスポージャーを妨げるような使い方は逆効果である
とありますが、なぜ非エクスポージャー場面では効果のあることが、エクスポージャー場面では逆効果か?⇒何が違いなのか?

という件に関して、いかがお考えでしょう。お聞かせ下さい

投稿: nishikawa | 2006年4月14日 (金) 02時04分

西川様

リコメントありがとうございます。

> エクスポージャーと非エクスポージャーの違いは
> 結局のところどこにあるか?

「ある場面において,ある目的のもとで,
○○することがエクスポージャーである」
ということを意図して課題を行うか,という
目的感や意図の有無が
一番大きいのではないかと思います。

> なぜ非エクスポージャー場面では効果のあることが、
> エクスポージャー場面では逆効果か?⇒何が違いなのか?

直接的なお答えになるか,わかりませんが,
例を挙げてみます。
たとえばパニック障害の方が,電車に乗っていて,
微細な身体感覚を破局的に解釈することにより
緊張反応が増大し,途中下車してしまうという場合・・・

二種類のエクスポージャーがありますよね。
1つは,「電車に乗り続ける」(その場に居続ける)という
外的エクスポージャー。
もう1つは,たとえば動悸などの身体感覚を
「そのまま感じ続ける」という内的エクスポージャー。

その場合,身体感覚に注意を固着させることで
外的エクスポージャーができなくなってしまうのであれば,
電車の吊り広告を見るなり,必死で携帯をいじるなどして,
つまり注意を身体感覚から他に向けることで,
途中下車せずに,目的地まで電車に乗り続けられれば,
一応外的エクスポージャーは達成されたことになります。

が,内的エクスポージャーを目的とした場合は,
身体感覚から全ての注意をそらそうとして
吊り広告を見たり,必死で携帯をいじるなどという行為は
エクスポージャーの妨げになる,ということでは
ないでしょうか。

しかし,「あ,胸がドキドキしているな」と
思い,そのドキドキを感じながらも,
同時に広告を見たり,携帯をいじるのであれば,
内的エクスポージャーが
それなりに達成されていると思います。

というわけで,お答えになっていないような気もしますが,
エクスポージャーか非エクスポージャーか,というのは
ある状況における機能や意図を含めて
初めて検討できることなのではないかと思います。

(すみません。とんちんかんな回答であれば,
もう一度ご質問やコメントください)


投稿: coping | 2006年4月14日 (金) 13時28分

おお、詳細な推論ありがとうございます。
私も全くその通りだと思っています。

>「ある場面において,ある目的のもとで,○○することがエクスポージャーである」ということを意図して課題を行うか,という目的感や意図の有無

下向き矢印では無いですが、意図的に行うという事は、脳的にどういう現象なのかという事については、どうお考えでしょう?
また、一歩戻るようですが、その「意図」そのものが気をそらせる(脳のリソースを食う)という事と違うのでしょうか?同じなのでしょうか?
私のブログでも書きましたが、メタなる認知はそうでない認知と比べてなぜ治療効果を上げるような雰囲気があるのか、中々説明しづらいと感じています。

投稿: nishikawa | 2006年4月16日 (日) 00時56分

西川様

メタなる認知の説明としては,いくつかのディメンジョンにおいて可能かと思います。

たとえば,認知心理学における「自動処理」と「制御処理」の違いからの説明とか。それは最近の脳科学研究の成果とリンクしているとは思うのですが,すみません,そこは不勉強ですぐにうまく説明できそうにありません。(前頭前野あたりの活性化と関連しているのだと思いますが・・・文献にあたってみないといけませんが,すみません,今すぐに出てきません)

> その「意図」そのものが気をそらせる
>(脳のリソースを食う)という事と違うのでしょうか?
> 同じなのでしょうか?

「意図」とは,上位機能として形而上的なコントロールの役目を果たすものであると同時に,量的説明として,おっしゃるとおり脳の,というか,ある制約のある情報処理資源を食う,というふうにも考えられると思います。「意図」については,下記の本が,非常に面白かったのでご紹介いたします。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/406258316X/503-6665535-4964710

それでは今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


投稿: coping | 2006年4月18日 (火) 00時59分

とりあえずアマゾンで本を買いました。
また読んでみます。

投稿: nishikawa | 2006年4月23日 (日) 12時22分

「意図」についてオススメ頂いた本を読みました。
率直な感想は「今は滅びつつある精神病理学が、時代の流れでいつか再考されるとしたら、また参考にしよう」という感じです。
意図について作者の言いたかった事は漠然と判った気がします。

投稿: 西川 | 2006年5月11日 (木) 22時29分

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