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2006年2月28日 (火)

【認知療法・認知行動療法】コラムその12:モラルハラスメントにCBTはどう役立つことができるか?

  先週の金曜日,東大で開催された「職場のハラスメントをなくすために」という国際シンポジウムを聴きに行きました。主催者の一人は,過労自殺裁判で有名な川人博弁護士であり,第1部の講演者は,『モラルハラスメントが人も会社もダメにする』(紀伊国屋書店,2003年)の著者であるマリー=フランス・イルゴイエンヌ氏(フランス人の精神科医)でした。イルゴイエンヌ氏は,ある種の嫌がらせ(ハラスメント)に「モラルハラスメント」と命名し,多角度的にこの問題について論じているパイオニアでもあります。

  私は認知行動療法(CBT)を専門としておりますが,それと関連して,組織におけるハラスメントとその予防や解決についても大変興味を持っており(ボチボチ研究も始めてます),このシンポジウムは前から非常に楽しみにしてました。雨の中,他の仕事をほっぽりだして駆けつけましたが,行ってよかったです。

  主な収穫は2つです。

①私がボチボチ仲間と研究を始めている「職場における自己愛性パーソナリティ傾向をもつ上司によって苦しめられる部下」という現象が,イルゴイエンヌ氏の定義するモラルハラスメントの一部と見なせることがわかったこと。

②特に欧米諸国で整備されつつあるモラルハラスメントに関する法律の成立過程がよく理解できたこと。

  ①については本記事では省略します。②については,こういうことでした。まずイルゴイエンヌ氏のような現場の臨床家が,被害者の診察を続けるうちにモラルハラスメントという現象に気づき,それに名前(まさに「モラルハラスメント」という名前をです)をつけ,世間に問いました。するとモラルハラスメントの被害者たちが,「自分が体験したことはまさにモラルハラスメントだったのだ」と気づき,被害者団体を作ったそうなのです。被害者団体は次第に力を持ち,モラルハラスメントを法制化して加害者を取り締まるよう,政治に働きかけました。その力がだんだん増大し,最終的には罰則つきの法律が制定されました。

  イルゴイエンヌ氏は,自分のしていることがモラルハラスメントであると気づけないような人は,結局法律で罰するしかない,とおっしゃっていました。それは事実だと思います(モラルハラスメントだと気づけるような人は,そういうことはそもそもしないでしょうから)。とすると,やはり法律を作っていくという現実的なパワーをどう形成するか,という非常に現実的な問いが必要になると思います。

CBTはこういう視点をともすれば忘れがちです。が,個人の認知や行動に焦点を当てると同時に,苦しんでいる人の環境的ストレッサーそのものに焦点を当てるという視点を,常に保つよう意識しつづける必要があるかと思います。「認知の歪み」を修正することも時には必要かもしれませんが(個人的には「認知の歪み」という言葉は好みませんし,使いません),その前に,その人はどのような環境で,どのような他者とのかかわりで,どのようにその認知が生じたのか,ということをまず検討するべきだと思うのです。

  最近とくに強くそのように感じます。そう思うと,古典的な行動科学の概念である「刺激-反応」理論が,やけに新鮮に思われてくるから不思議です。

●今日のまとめの一言: CBTの基本モデルの出発点は,あくまでも「環境(状況,社会的関係など)」である。苦しんでいる個人の認知や行動の変容に焦点を当てる前に,苦しんでいる個人を取り巻く環境的ストレッサーに,まず目を向ける必要がある。

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2006年2月 3日 (金)

【認知療法・認知行動療法】コラムその11:対話によって行われる認知の再構成

  新年に入り,「備忘録的に当ブログを使うということで,更新頑張ります」などと書きましたが,全然滞ってます(笑)。しかし私がブログを更新しないからといって,誰かに迷惑をかけるわけではないので,こういうときは「なかったことにする」というコーピングを用いて,ブログそのものの存在を「なかったことに」していたのでした。「やってもやらなくても誰にも迷惑をかけない」事象が滞っているとき,この「なかったことにする」というコーピングは強力です。類似のコーピングとして,部屋の片隅にたまっている埃の山を「見なかったことにする」というのがあります(笑)。

  さて,更新が滞っている理由の一つに,ある翻訳の仕事が進まずに,毎晩苦しんでいるというのがあります。こちらはさすがに「なかったことにする」わけにはいかないので,進まないながらも毎晩帰宅してから寝る直前まで頑張るのですが,おそろしいほど進まない。その「おそろしいほど翻訳の仕事が進まない」という状況に対して,さまざまなネガティブな自動思考が生じるのです。

  それを超シンプルな認知再構成法の図式に当てはめるとこうなります。

【状況】おそろしいほど,翻訳の仕事が進まない

【自動思考】「英語が得意なわけでもないのに,翻訳の仕事なんか引き受けた自分が馬鹿だった」「なんでこんなに遅々として進まないのだろう。よほど私はこの仕事が向いていないに違いない」

【気分】憂うつ,自己嫌悪

【行動】ぐずぐずしながらも,何とか作業を続ける。「もうやりたくない!」と駄々をこねる。

  というわけで,この数ヶ月間,苦しみながら亀の歩みよりももっとのろのろと仕事を続けてきていたのですが,先日,私が非常に尊敬しているCBTの大先生と,ある食事会で隣り合わせに座る機会がありました。その先生(仮にA先生としておきます)が,本来お好きなお酒をあまり召し上がらないので,「どうしたのですか?」とお聞きしたところ,「最近,翻訳の仕事に苦しんでおり,先日とうとう消化器の検査を受けた」とおっしゃるのです。その後,“翻訳の苦しみ”についてA先生と大いに盛り上がったのですが,A先生とこの話をした後,私の認知は劇的に変わりました。

【状況】おそろしいほど,翻訳の仕事が進まない

【新たな思考】「A先生だって胃に穴があくほどなんだから,翻訳仕事というのは大変なんだ」「A先生だってあんなに苦しむと言うのだから,私ごときがスイスイと翻訳を進められるわけではないのだ」「A先生だって何度もやり直しするというのだから,私ごときが何度もやり直しするといのは当然のことなんだ」

【気分】軽いあきらめ

【行動】ぐずぐずしながらも,何とか作業を続ける

  A先生と話をしたことで,翻訳に対する私の認知が自然発生的に再構成されたのです。「おそろしいほど仕事が進まない」という状況や,「ぐずぐずしながらも,何とか作業を続ける」という行動は,全く変わりありませんが,新たに再構成された認知のもとで,さほど憂うつ感や自己嫌悪を感じることなく,軽いあきらめ程度の気分で,毎晩作業ができるようになったのです。

  認知再構成法は,別名「コラム法」と呼ばれるぐらい,表などのツールを使って行うもの,と考えられておりますが,やはり基本は対話なのだと,今回の自分の体験を通して再確認しました。表を使ってシコシコと書き込んでいくのも,それはそれで効果的だったり,楽しかったりするときもありますが,やはり誰かと対話をするなかで,新たな認知が再構成されるという流れのほうが自然ですし,効果的だと思います。そもそもそれが多くの健康な方々が無意識的に実施している認知再構成法だと思うのです。

●今日のまとめの一言: ツールを使ってシコシコと作業するだけが認知再構成法ではない。人と対話する中で,おのずと認知が再構成されるような流れが自然だし,効果的である。

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