【認知療法・認知行動療法】コラムその12:モラルハラスメントにCBTはどう役立つことができるか?
先週の金曜日,東大で開催された「職場のハラスメントをなくすために」という国際シンポジウムを聴きに行きました。主催者の一人は,過労自殺裁判で有名な川人博弁護士であり,第1部の講演者は,『モラルハラスメントが人も会社もダメにする』(紀伊国屋書店,2003年)の著者であるマリー=フランス・イルゴイエンヌ氏(フランス人の精神科医)でした。イルゴイエンヌ氏は,ある種の嫌がらせ(ハラスメント)に「モラルハラスメント」と命名し,多角度的にこの問題について論じているパイオニアでもあります。
私は認知行動療法(CBT)を専門としておりますが,それと関連して,組織におけるハラスメントとその予防や解決についても大変興味を持っており(ボチボチ研究も始めてます),このシンポジウムは前から非常に楽しみにしてました。雨の中,他の仕事をほっぽりだして駆けつけましたが,行ってよかったです。
主な収穫は2つです。
①私がボチボチ仲間と研究を始めている「職場における自己愛性パーソナリティ傾向をもつ上司によって苦しめられる部下」という現象が,イルゴイエンヌ氏の定義するモラルハラスメントの一部と見なせることがわかったこと。
②特に欧米諸国で整備されつつあるモラルハラスメントに関する法律の成立過程がよく理解できたこと。
①については本記事では省略します。②については,こういうことでした。まずイルゴイエンヌ氏のような現場の臨床家が,被害者の診察を続けるうちにモラルハラスメントという現象に気づき,それに名前(まさに「モラルハラスメント」という名前をです)をつけ,世間に問いました。するとモラルハラスメントの被害者たちが,「自分が体験したことはまさにモラルハラスメントだったのだ」と気づき,被害者団体を作ったそうなのです。被害者団体は次第に力を持ち,モラルハラスメントを法制化して加害者を取り締まるよう,政治に働きかけました。その力がだんだん増大し,最終的には罰則つきの法律が制定されました。
イルゴイエンヌ氏は,自分のしていることがモラルハラスメントであると気づけないような人は,結局法律で罰するしかない,とおっしゃっていました。それは事実だと思います(モラルハラスメントだと気づけるような人は,そういうことはそもそもしないでしょうから)。とすると,やはり法律を作っていくという現実的なパワーをどう形成するか,という非常に現実的な問いが必要になると思います。
CBTはこういう視点をともすれば忘れがちです。が,個人の認知や行動に焦点を当てると同時に,苦しんでいる人の環境的ストレッサーそのものに焦点を当てるという視点を,常に保つよう意識しつづける必要があるかと思います。「認知の歪み」を修正することも時には必要かもしれませんが(個人的には「認知の歪み」という言葉は好みませんし,使いません),その前に,その人はどのような環境で,どのような他者とのかかわりで,どのようにその認知が生じたのか,ということをまず検討するべきだと思うのです。
最近とくに強くそのように感じます。そう思うと,古典的な行動科学の概念である「刺激-反応」理論が,やけに新鮮に思われてくるから不思議です。
●今日のまとめの一言: CBTの基本モデルの出発点は,あくまでも「環境(状況,社会的関係など)」である。苦しんでいる個人の認知や行動の変容に焦点を当てる前に,苦しんでいる個人を取り巻く環境的ストレッサーに,まず目を向ける必要がある。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)


最近のコメント