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2005年10月 9日 (日)

【認知療法・認知行動療法】ひとりごと その4:自ら人に会いに出かける

  9月の最終週に,べてるの「当事者研究」の研究をスタートさせるために,北海道浦河まで久々に出かけてきました。詳しい報告は後日ということにして(その「後日」がいつになるかは,すみません,不明です),これが3度目の浦河訪問なのですが,毎回感じていることをここで書いてみたいと思います。

 それは,「会いたい人,興味のある人には,どんどん自分から出かけていって会いに行く」ということの大切さです。確かにべてるの人たちは今ひっぱりだこで,全国の講演会でお会いしたり,話を聞いたりすることができますが,やはりべてるの活動が実践されている「場」は,浦河にあるわけでして,本当に興味があれば,やはりその「場」をひっくるめて見てみたい,参加してみたい,と思いますし,実際にそうしてみると,そうしてみなければ決してわからなかったであろう「場」の持つ力が見えてくるのです。

 と書きつつ,ほんの数日間滞在しただけで何がわかる?という声も,聞こえてくるのは当然で(そう自分に突っ込んでいるのは,他ならぬこの私ですが),それは本当にその通りだと思います。だからと言って,「本当に全てを理解するために」という目的で,自分の「現場」を放って,興味ある他人やコミュニティの「現場」にいつまでも入り浸るというのも,また別の意味で問題があり,だったら限られた期間であれ,とりあえずその場に飛び込んでみる,ということが,今の自分にできる精一杯のことかな,と思います。

 ともあれ,真に会いたい人と出会う,というのは,その人が存在している「場」に飛び込んでいって,その「場」にいるその「人」に出会う,ということだと思いますので,べてるだけでなく,今後も興味をもった人やコミュニティには,自分からどんどん出かけていって「出会い」を作っていきたいと思います。

 そこでふと思うのは,では今私がやっているような「面接室内認知行動療法」は,いったいどうなんだろう?ということです。これは今に限らずときどき自問することです。クライアントさんは自分の生活の場の中で,いわゆる「主訴」を抱えているのであって,CBTの場合,その主訴を,その場を含めて極力リアルにアセスメント(ケース・フォーミュレーション)しようと努めますが,「百聞は一見に如かず」というように,セラピストが出かけていって,クライアントさんの主訴が成立している場を共有させてもらった方が話が早いんだろうな,と思うケースは多々あります。またこれまで精神科デイケアや企業における産業精神保険など,コミュニティワークを実施する場で仕事をしていたときには,私はもともと落ち着きがなく,フットワークが無駄に軽いほうなので,むしろどんどんケースに入っていって,調整するような仕事をするほうが,役に立っている気がしました(あくまで「気がした」というレベルの話です)。

ともあれ,現在,認知行動療法とコミュニティワークを統合するような理論的視点を私自身が持っていませんので(「経験的視点」なら,多少あるような気がしますが,それをきちんと理論化しないと専門家としてはNGでしょうから,今はとりあえず「持っていない」としておきます),また面接室で実施する認知行動療法に対してはかなりの手応えを感じていることも事実ですので,当面はこのままいくのだと思います。が,出かけていってCBTを実践するということが,どのようにして安全な形で可能なのか,ということも今後考えていきたいと思います。

べてるの家に出会ってから,これまでもうっすらと感じていた,「面接室内の構造を守ることが,なぜそんなに大切なの?」という声が,自分の中ではますます大きくなりつつある今日この頃なのでした。(と書いてはいますが,クライアントさんにわざわざ我が相談室まで来訪していただき,数十分という決められた時間内で,がっちりと構造を守って実施するCBTだからこその様々な利点は,十分にわかっているつもりです。クライアントさんたちの努力には,本当に頭が下がります。) あるいは面接室内の構造を守りながらよりよい援助を実践することと,面接室外に出かけていってよりよい援助を実践することは,さほど違わないのだという考え方ができるのかもしれません。

●今日のまとめの一言: 興味があれば,自分からどんどん出かけていって人に会うことが重要である。それは「礼儀」ということだけでなく,その人を取り巻く場を含めて,その人と出会うことができるから。その点,面接室で行うCBTはどうなんだろう?

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コメント

 僕も学びでも現場でも、その場にとにかく出ていって、直接にその人に会うということがとても大切だと思います。若い頃は、いても立ってもいられず、会いに行きたい人には飛び出していったものでした。最近は、物理的な制約も増えて、なかなかフットワーク軽くというわけにはいきませんけど(愚痴です)。
 コミュニティーワークについても、児童相談所はまさしくそういう場として機能するべきだと思います。よく家庭訪問、学校訪問をしました。行かなきゃ埒があかないケースが多いもので。
 そこで感じたのは、狭い意味での治療構造というより、「治療に関する同意がどうであるか」が先ず大事かなと思いました。無理矢理訪問しても、子どもは会ってくれるわけはないですからね。合意が成立すればそこから、どんな治療構造、プロセスになるかが定まっていくような気がしますけど。こっちの土俵に来てくれれば、もちろんありがたいですが。
 copingさんはどうでしょうか?

投稿: アド仙人 | 2005年10月12日 (水) 23時54分

アド仙人さま
 コメントありがとうございます。アド仙人さんのブログは,最近,とみに幅が広がっており,ただ口をあんぐり開けて拝読しておりました(義経とかパンツとか・・・笑)。
 出かけていくか,いらしていただくかはともかく,「合意が成立すれば」というのは本当にそうだと思います。臨床の仕事って,とりあえずの合意を成立させるためのやりとりが,そのほとんどを占めているのかもしれませんね。臨床の仕事じゃなくても,コミュニケーションというのはそういうことかも,と今書いていて思いました。
 「こっちの土俵に来てくれれば」そりゃああり難いですが,そんなラッキーなことはCBTといえども滅多になく,どちらかというと,一緒に上がれる土俵を一人で作るのも何なので,「土俵を一緒に作りませんか?」とクライアントさんをせっせと誘っているのが実態ではないかと,これまた今書いていて思いました。

投稿: coping | 2005年10月13日 (木) 00時58分

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