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2005年7月 7日 (木)

【認知療法・認知行動療法】コラムその7:“浦河べてるの家”について ③

  今日で「べてる」ネタをいったんお終いにします。しつこいようですが,詳細は 『べてるの家の「当事者研究」』(浦河べてるの家   医学書院)を参照してください。

●「ネガティブな自動思考」は「お客さん」として付き合う

 先日私は,自動思考に「歪み」というレッテルを貼ることへの違和感について書きましたが,それは自動思考が「自分の(なかに生じる)思考」という前提があっての話でした。べてるの外在化能力は,そういう私の違和感など笑い飛ばすようなものでした。べてるでは,ネガティブな自動思考を「お客さん」と呼ぶのだそうです。

「お客さん」!!! 自分に生じる思考ではなく,外からやってくる「客」なのです。お客さんはお客さんだからこそ「ごめんください」と勝手にやって来るけれども,そのお客さんにどう対応するかは,「この私」が決められるのです。そしてどう対応するか決めるためには,そのお客さんがどういう客か,見極めなければなりません。見極めたうえで,そのお客さんとどう付き合うか,すなわち今後も来てほしいから丁重にもてなすのか,たとえお客といえどもお付き合いはまっぴらだから丁重にお引取り願うのか,むかつくお客だから喧嘩を売るのか,面倒くさいお客だから何を言われても無視するのか・・・etcについて,検討するのです。そして実際にそのお客さんとの付き合い方をあれこれ試しながら,自分にとって苦痛にならない付き合い方を見つけ,身につけていくのです。このようなプロセスは,CBTにおける強力な技法である“認知再構成法”に他なりません。

  以前私はこのブログのコラムで,中村うさぎさんの「ツッコミ小人」を自動思考に対するナイスなネーミングであると絶賛しました。中村さんの文章によれば,ツッコミ小人はあくまで自分の脳内に発生する小人らしいです。中村さんほどのパワーの持ち主なら小人のツッコミにいろいろと対応できるかもしれませんが,気の弱い,または気の小さな,あるいは気の優しい凡人は,さらに外在化を極めた「お客さん」として自動思考をとらえると,より対応しやすくなるような気がします。自動思考を「お客さん」と名づけるという営為に,まさに病気と共に生きるべてるの人たちの知恵が凝縮されているように思います。

  ちなみにべてるの人たちは,幻聴も呼び捨てにはしません。「幻聴さん」と呼び,丁重にもてなしたり,お引取り願ったりしています。そしてお客さんと同様に,幻聴さんとの付き合い方も,べてるの当事者研究の一大テーマなのです。

●病名も自分でつけるべてるの人たち

  当事者研究(自己研究)を通じて,べてるの人は,自分の病気や症状や問題や悩みをセルフアセスメントします。その結果,自分に合った病名を自分でつけるようになります。たとえば同じ統合失調症でも,「依存系爆発型統合失調症」,「統合失調症・体感幻覚暴走型」,「統合“質”調症・難治性月末金欠型」(“質”とは“質屋”の“質”です),「逃亡失調症」・・・などなどです。ちなみに最後の「逃亡失調症」はべてるの施設長の荻野さんの自己病名です。さまざまな理由により,気がつくと職場を放棄して「逃亡」しちゃうからです(逃亡先が自宅だったりするところが,お茶目です)。私が見学に行ったときは,幸いにも逃亡中ではなく,施設長としてべてるの説明や案内をしてくれました。

●山本賀代さんの自己研究

『べてるの家の「当事者研究」』(医学書院)から,お客さん(すなわち自動思考)についての考察を紹介します。当事者の一人である山本賀代さんの「研究論文」からの引用です。ちなみに山本さんの自己病名は「依存系自分のコントロール障害」だそうです。

別居後,身体上は平和を手に入れたわたしには,悪い<お客さん>との本格的なつきあいが待っていた。下野(注:元同棲相手)と同居していたときの<お客さん>は,すべて彼を悪者にしてわたしにケンカを売らせ,生活を破綻に導いていた。下野という爆発対象を失った<お客さん>は,以前そうだったようにわたしに矛先を向けてきたのだ。

わたしの<お客さん>のメインテーマは,あらゆる手段を使ってわたしを“死”へ導こうとすることだ。わたしの<お客さん>は過去の傷ついた経験から来ていて,その傷ついた経験に非現実的な恐怖感や不安感を加えることによって,わたしを現実の地道な苦労から遠ざけ,わたしの行動を制限させる。しかし一方で,それによって,実際の人間関係でこれ以上深く傷つくことからわたしを守っているのかもしれないと考えてきた。

だからこそわたしは,悪い<お客さん>にお茶を出し,頭の中に長居させていたのだが,ソーシャルワーカーと数人の仲間と始めた「日本語会話教室」という試みが,<お客さん>とのつきあい方を勉強するのにけっこう有効だった。日本語会話教室で学ぶうちに<お客さん>を一方引いて見て,自分が取り入れたい<お客さん>なのかどうかなど考えることが多少はできるようになった。

「日本語会話教室」とはおもしろいネーミングをしたなぁと思う。これは,「自分の言葉を取り戻そう」という発想から生まれたもので,『自分を愛する十日間トレーニング』という本を参考にしている。具体的には,小グループで週に一度一時間半ほどの時間で,ソーシャルワーカーの助けを借りながら,この一週間の<お客さん>状況を話したり,本を参考に自分に当てはめてロールプレイをする。

(略)悪い<お客さん>にジャックされて自分を責めているときに,大事な友達を励ましてあげるように自分に言ってあげるロールプレイはよかった。みんな,自分に対してはうんと辛口なのだが,友達に対してなら優しくなれるものだ。

(略)<お客さん>とのつきあい方で肝心なのは,やはり誰かにその<お客さん>の話ができることだ。一人で抱え込むと<お客さん>に完全にジャックされる確率が高まる。そしてできるだけ多くの人とかかわりを持つことで,<お客さん>もバラエティ豊かになり,つきあいやすくなることがわかった。

(『べてるの家の「当事者研究」』 pp.174-177

  認知再構成法のグループ学習をべてるでは「日本語会話教室」と呼んでいるというのも,素敵です。たしかに認知再構成法は,自分の中で起きている会話を,自分にとって苦しくないものに置き換えていこうという技法ですから,この「日本語会話教室」といタイトルは妥当だと思います。それにしてもべてるの人たちによる様々なネーミングは,極めてユニークで楽しいものが多いです。「認知再構成法のグループ学習やろうよ」と言われるより,「ちょっと日本語会話教室行かない?」と言われるほうが,よほどそそられますよね。

  以上,3回に分けて,CBTの視点から“浦河べてるの家”について書いてきました。べてるには年間数千人もの見学者が訪れるそうです。また「自分もべてるで暮らしたい」とやって来る当事者の方も多数おられるそうです。が,当然べてる及び浦河町のキャパシティには限りがあり,べてるの方々は,「皆がべてるに来るのではなく,それぞれの地域で“べてる的”な活動を実践してほしい」とおっしゃっています。私もその通りだと思います。しかし,一体どうやって,皆がそれぞれ自分の住む場所で“べてる的な活動”を実践すればよいのでしょう? ここに私はCBTの視点が貢献できる可能性があるのではないかと考えています。CBTの視点を用いて,べてるの家の活動を,ある程度一般化されたモデルとして提示するのです。時間はかかると思いますが,“CBTの視点を用いたべてるの家の活動のモデル化“ということを,自分のテーマとして追求していこうと私は考えています。

●今日のまとめの一言: 扱いに困るようなネガティブな自動思考は,「お客さん」とみなし,付き合い方を見つけていくのがよい。・・・という視点から,べてるの家の人たちは「日本語会話教室」というグループ学習を続けている。そして,このようなべてるの活動を,CBTの視点から一般化・モデル化することが,役に立つかもしれない。

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コメント

 「べてるの家」のお話興味深く読みました。以前、田口ランディさんのブログに書かれているときには、読み過ごしてしまったのです。でも、このブログを読んだら、興味がわきました。たぶん、文書やアプローチの仕方がわかりやすかったのだと思います。認知行動療法に興味を持っています。これからも読ませていただきたいので、ストレスにならないように頑張ってください。

投稿: kaaya | 2005年7月10日 (日) 04時59分

Kaaya様
 コメント大変ありがとうございます。そういえば田口ランディさんがいろんなところで書いたので,「べてるの家」が有名になったのでしたね。認知行動療法についても,またコメントいただけると嬉しいです。これからもよろしくお願いいたします。

投稿: coping | 2005年7月10日 (日) 09時50分

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