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2005年6月30日 (木)

【認知療法・認知行動療法】コラムその5:“浦河べてるの家”について ①

●「べてるの家」の活動には,CBT実践のヒントが詰まっている

  前回,「問題解決法」について掲載すると予告しましたが,ちょっと予定を変えて,“浦河べてるの家”について,書いてみたいと思います。というのも,たまたま今日電車で『べてるの家の「当事者研究」』(浦河べてるの家 著,医学書院)という本を読んでいたら,その「あとがき」で,べてるの家のメンバーの一人であった林園子さんが,昨年(2004115日)に亡くなっていたということを知ったからです(享年35)。

  私は“浦河べてるの家”という活動・コミュニティに,CBTの研究者・実践家として並々ならぬ関心を持っています。その経緯について今日は述べたいと思います。

  私が現場でCBTの実践を始めて,それなりの年月が経ちますが,CBTをやればやるほど実感されるのが,「テキストに書いてあるよりも,現場でのCBTはもっと豊かで役に立つ」ということです。テキストに書かれているCBTの理論やモデルやマニュアルはとてもスマートです。そしてその通りにCBTが進めば,なんて効率的かつ効果的なんだろう,というものでもあります。

  が,何でもそうですが,マニュアル通りに物事が進むなんてことは,現実にはあるはずもなく,また私がCBTを始めた当初はCBTのスーパーヴィジョンやワークショップなどを日本で受ける機会もほとんどなく,「どうすればいいんだろう」と壁にぶち当たるたびに,当事者であるクライアントさんと相談しながら,CBTを進めていくというやり方を取っていました。そしてそのようなやり方のおかげで,【クライアントさんとともに創り上げていくセラピー】というものを体得したように思います(と言っても,まだまだなんですが・・・泣)。また,CBTでの対話や実践を通じて,クライアントさんの自助力が回復したり向上したりすることを目の当たりにし,人間が本来的に持っている回復力や自助力に対する信頼感が,私自身のなかに育まれていったように思います。つまり決してスマートには進まない現場のCBTだからこそ,そこから得られる豊かな副効果のようなものが,多々あるのではないかと思うのです。

  しかしこういうことってCBTのテキストにはあんまり書かれていませんし,私も研究会や学会等でCBTについて発表することがそれなりにあるのですが,上記のような実感を伝えたいなと思いつつ,うまく伝えられないもどかしさをずっと抱えていました。

  また以前私は,精神科デイケアの運営に56年ほど携わっていたことがあり,CBTとは別に,“場”やコミュニティの持つ力というのを,デイケアで何度も目の当たりにしました。担当医師と担当カウンセラー(私)が何年も奮闘した事例が,クライアントさんがデイケアに通い始めるだけでいきなり展開することがよくあり,“人と人が関わる場”の持つ力のすごさを実感したのでした。(もちろん良いことばかりではなく,その力がネガティブな方向に働けば,むしろ大変なことになるわけですが,大変なことから皆で学ぶということも,それはそれで重要な体験だったように思います。)

と言っても,当時は「すごいな~」「へえ! こんなことが起きるんだ~」とひたすら感心していただけですが(笑)。さらに書いていて思いましたが,今でも大して変わりません。クライアントさんの起こす変化に対して,あるいはクライアントさんがいつまでも変化しないことに対して,「へぇぇぇぇ!」と感心しているだけのセラピストなのでした,私は・・・。

  ともあれ私は精神科での個人臨床(CBT)を通じて,CBTの豊かさ,人の自助力のすごさ,人と人が関わる場の持つ力,の3を学んだのですが,それをうまくまとめたり,伝えたりすることができずにいました。そんなとき新聞記事でたまたま,“べてるの家”について知ったのです。興味を持った私は,早速,べてるの家に関連する本を何冊か読んでみました。そして,私が学んだのに伝えられない上記の3点が,べてるの家の活動としてまさに集約されていることに,気づいたのでした。

●「べてるの家」のミーティングやSSTを見学してみた

  「これは絶対に浦河まで行って,実際の活動を見学しなければならない」と私は考え,念願かなって2003年の夏,23日で北海道の浦河町に滞在し,べてるの家の活動を見学することができました。授産施設でのこんぶの袋詰め作業,グループホームでの定例ミーティング,べてるの家が経営するショップ(「4丁目ぶらぶら座」というナイスな店名です),浦河赤十字病院でのデイケア活動,スタッフと当事者によるSST・・・などなどです。

  私の言語力では,到底そのときに受けた強い印象を説明しきれないのですが,「とにかくすごいことがこの浦河で起きている」ということは間違いない,と確信しました。と書くと,何か特別なことが行われているという印象を与えてしまいそうなのですが,そうではなく,上記CBTの豊かさ,人の自助力のすごさ,人と人が関わる場の持つ力,の3が,“べてるの家”の日常において,ごく当たり前のように実現されているという,それだけのことです。でも,そういう「それだけのこと」が逆に言うと,精神科医療やセラピーだけでなく,私たちの日常生活においても,実はなかなか実現されていない,ということなのだと思います。

  とくに当事者主体のSSTは素晴らしかったです。べてるの人たちは,SSTを「認知行動療法」であると認識して,実践しています。どこかで読んだのですが,SSTのパイオニアであるリバーマン博士も,一度浦河まで出向き,べてるのSSTを見学して大層感心したということですが,私は感心どころか,感動しまくっていました。これだけ生き生きとしたCBTの実践を見たことはありませんでしたし,また,そのような実践が,日々,なんでもないことのように行われている「べてる」という場を,ほんの少しの間でも体験させてもらったことで,やはり上記CBTの豊かさ,人の自助力のすごさ,人と人が関わる場の持つ力,の3に深く感じ入ったのでした。

  特に私は,自分が日々の臨床において小さく感動している“CBTの豊かさ”を,“べてるの家”が具現していると確信しました。そこでSSTだけでなく,べてるの家の様々な活動を,CBTの視点から何らかの形でまとめ,提示し,共有してみたい,と思うようになり,今でもそのように強く思っています。(残念ながら,未だに思っているだけで,行動に移していないんだが・・・)

  それにしても,べてるについて書こうとすると,どうしてもうまく書けない。何か書くと,何かがこぼれ落ちていく気がしてなりません。というわけで,興味を持たれた方は,べてるの家のホームページを参照してください。

http://www.tokeidai.co.jp/beterunoie/top.html

●林園子さんとのおしゃべり

  さて今回,いきなり“べてるの家”の記事を書くことにしたのは,冒頭に書いたとおり,メンバーであった林園子さんの訃報を知ったからです。2年前,私が「べてる」の見学に行き,べてるのショップをうろついていたときに,話し相手をしてくれたのが,ちょうどそのときに店番をしていた林さんでした。

  林さんは初対面の私に,ご自分がべてるの家のメンバーになるまでのいきさつを話してくれました。そして今,ご自分が取り組んでいるテーマ(当事者研究)について,お話ししてくれたのです。

  べてるの家の当事者研究については,次回書きますが,この話を聞いたときに,私が言語化できないままずっと感じ続けてきたCBTの豊かさの意味が,ようやくわかった気がしました。また自分に問い続けていた,“問題解決志向”と“解決志向”の違いは何か,ということについても,自分なりに答えを出すことができました。べてるの家を知って,私の実践するCBTも,前よりちょびっとは豊かになったように思いますし,クライアントさんのもつ力を理屈抜きでより信じることができるようになりました。

  さらに今では仲間と「べてるプロジェクト」なるものを勝手に立ち上げ,べてるの研究を始めようかという相談をしていたりもします。

  その発端は,やはりあの日,あのショップでの,林さんとのおしゃべりだったのだと思います。昨年,WCBCT(世界行動療法認知療法会議)という国際学会で,私は偶然林さんにお会いしました。(※べてるの人たちは,今や国際学会で講演をよくなさっているのです!) 林さんは私のことなど忘れていましたが,私は見学したときに自己研究について教えていただいたことのお礼を述べ,機会があったらまた浦河に出かけて林さんや他のメンバーさんに自己研究についてインタビューしたいと申し出ました。

  しかしそのような機会を作らないまま,林さんが亡くなっていたことを,今日私は知り,「悲しい」とかそういう感じではなく,とにかく「ああ!」と思いました(これがその時の唯一の自動思考です)。そして今これを書いていて感じるのは,2002年に浦河にたどり着き,2004年に急逝された林さんと,たまたまおしゃべりする機会を与えられたことに対する感謝の念です。林さんやべてるから得たことを,私が「べてる!」「べてる!」と大騒ぎするのではなく,自分の日常,すなわち自分が毎日実践している臨床において,静かに生かしていくのが,まず私がするべきことなのだと思います。

  が,せっかくここで「べてるの家」について書いたので,もう少しだけ,次回と次々回に書き足してみたいと思います。

●今日のまとめの一言:CBTの豊かさ,人の自助力のすごさ,人と人が関わる場の持つ力,の3点が「べてるの家」に集約されている。とも言えるが,その3点はごく当たり前のことだとも言える。(まとめになっていない,「まとめの一言」でした)

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2005年6月27日 (月)

【一人でできる認知療法・認知行動療法】その6:認知再構成法 技法①

CBTを通じてさまざまな技法(スキル)を身につけることができる

  いったんここで(といっても何回かに分けて記事にする予定)で,「ひとりCBT」についてのシリーズを終えたいと思います。いずれこのブログで,「ひとりCBT」で身につけていただくと良い技法について,具体的に詳しく紹介したいと思っていますが,ひとまず先日挙げたテキストなどを活用し,進めていただくことができるでしょう。今回から,CBTにおける代表的な技法についてごく簡単に紹介し,どのような使い方ができるのかということについて少しだけ説明を加えたいと思います。

ただし,これから紹介する技法を全て身につけていただきたいということではありません。もちろん興味のある方は全部習得することも可能ですが,ご自分に必要な技法をチョイスして,練習し,少しずつ日常のセルフヘルプに役立てていただけたらと思います。

  今日と次回はCBTの二大技法ともいえる,“認知再構成法”と“問題解決法”について紹介します。

●【認知再構成法】

 

いわゆる“コラム法”です。ストレスを感じたときに生じた自動思考をキャッチし,別の考えを見つけ出し,ストレスを和らげようというのが,この技法の目的です。

  本によっては,「自動思考における認知の歪みを同定し,合理的に考えられるようにしましょう」といったニュアンスのことが書かれてありますが,別に自分の自動思考を「歪んでいる」などと考える必要はありません。(嫌じゃないですか? 自動的に浮かぶ自分の考えを「歪み」などと決めつけるのは・・・。少なくとも私は自分の思考が「歪んでいる」などと他人に指摘されたくありませんし,他人にも指摘したくありません)

  「歪んだ自動思考を矯正する」ということではなく,「自動思考は自動思考として置いておき,少し冷静になって自分の自動思考を検討し,別の見方をあれこれ考え出して,結果的に考えの幅が広がればよい」という程度に受け止めて,認知再構成法の練習をしていただけたらと思います。

  この技法は,はじめはツールを使って,丁寧にやる必要があります。通り一遍に大雑把にやってもあまり効果はみられません。したがって少し面倒でも,最初はツールに書き込むとか,PCに入力するなどしてご自分の体験を外在化して,進めていってください。最初は少々面倒かもしれませんが,とにかく丁寧にツールを使って進めることが上達の早道です。慣れてくれば,ツールを使わなくても,頭の中でササッとできるようになりますが,「最初はとにかく丁寧に!」というモットーでやってみてください。

●今日のまとめの一言:認知再構成法(コラム法)は,「認知の歪みを矯正する」のではなく,「認知の幅を広げる」ものだと考えよう。面倒でもツールを使って丁寧に実施することが不可欠である。

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2005年6月20日 (月)

【一人でできる認知療法・認知行動療法】その5:事前にサポート資源を確保しよう

CBTの副作用(?): 専門家が実施する場合の注意点

  「認知療法・認知行動療法(CBT)の副作用は?」という質問をときどき受けることがあります。CBT全体としてどのような副作用があるか,ということについては,実ははっきりとはわかっていません。私見としては,CBTが特に重篤な問題を引き起こすことはないと思いますが,個別のケースにおいては,安全にCBTを進めていくべく注意を払う必要があるとは思います。たとえばクライアントさんが,ホームワークを強迫的にやりすぎてしまう場合には,ホームワークの設定の仕方に注意するといったことです。

  セラピストがクライアントさんと行うCBTがうまくいかない事例をときどき見聞きしますが,それはCBTの問題ではなく,CBTの適用の仕方の問題であることが多いと思います。とくに初心者は,アセスメント(事例定式化)や目標設定を丁寧に行わずに,いきなり技法を提示してしまい,ケースが行き詰ってしまうことが多いようです。かくいう私も,いまだにうまくいかないことがあり,検討してみると,やはりCBTの問題ではなく,私自身のCBTの運用の仕方が良くなかったと反省することがあります。私を含め専門家は,とにかく日々の訓練を怠らず,クライアントさんに役立つようにCBTを実践できる力をつけるしかありません。

  しかし今日ここでお伝えしたいのは,CBTの適用・運用についてではなく,CBTの背景にある思想に関わるようなことについての注意点です。CBTを学び,実践し,世に広めたい私ではありますが,だからこそ常に心に留めておきたいと自戒していることでもあります。

CBTの弊害(?): 「考え方さえ変えればよい」という考えの危険性

  それは「考え方(と行動の仕方)さえ変えればよい」という考え方です。CBTはその名のとおり,個人の認知と行動に働きかけるセラピーです。もちろん,その人が自分のストレスを維持させている認知と行動を,よりよい方向に修正するためのスキルを身につけることはとても役に立ちます。が,ちょっと間違えばCBTの発想は,「とにかくその人が自分の認知と行動を変えればよい」という発想に結びついてしまいがちです。これはとても危険なことだと思います。

  当然のことですが,私たちは一人きりで生きているわけではありません。ストレスは,必ずある状況におけるさまざまな外的要因と複雑に関連しています。特にその人が属する社会や組織のあり方や,その人をとりまく人間関係と,その人のストレスは密接に関わっています。したがって,そのような関わりにおいてストレスを感じてつらい思いをしている当事者だけに,対処のための努力を求めるというのは,場合によってはむしろ逆効果になることがあります。

  当事者をとりまく状況や人間関係があまりにもストレスフルな場合は,むしろその状況や人間関係の調整を先にするべきですし,そうしなければ,本人がいくら頑張っても状態が良くならず,いつかその頑張りに疲れ果ててしまう,ということが起こりかねません。

  私は現場でCBTを日々実施しておりますが,その方をとりまく状況や人間関係が,その方の回復のためにうまく機能していない場合は,先にそちらを調整するようにしています。そしてその方が安心してCBTに取り組める環境がある程度整ったら,当事者との本格的なCBTを開始します(広義のCBTとしては,このような環境調整も含まれると思いますが)。

たとえばうつ病のクライアントさんと一緒に暮らすご家族の方々に,もう少し病気やその治療について知っていただくことで,家族のサポートが向上しそうだということであれば,ご家族と心理教育的な面接をして,クライアントさんに対するサポートを依頼します。これもケースによりますが,1度でもそのような環境調整のためのセッションを設けることで,サポート環境が改善し,クライアントさんの状態が少し良くなったり,安心してCBTに取り組めるようになることは,よくあることです。「家族なんか助けにならない」というクライアントさんの認知を直接扱うよりも,実際にご家族のサポート力が上がることで,クライアントさんが「少しは自分の家族も助けになるんだ」と結果的に思えるようになるほうが,むしろ望ましいことだと私は思います。

  ※余談ですが,以前私は数年間,企業のメンタルヘルス活動に直接携わったことがあります。たとえば異動や配転がらみで抑うつ症状などが発生し,当事者が再異動を希望する場合には,人事と相談して,当事者の望みをかなえる方向で,再度調整をするといったケースがかなりありました。そのようなケースの予後は,おおむね極めて良好でした。合わない環境で本人につらい努力を要請するよりも,関係者の協力を得て環境調整するほうが,結果的にはコストもかからないし,皆がハッピーになるというケースが多くあることを改めて実感しました。そういう意味では,個人のストレス対処能力にばかり責任を持たせるような風潮が,最近見られなくもないですが,あまり望ましいこととは思えません。CBTがその片棒をかつがせられないよう,注意しなければなりません。

●一人で頑張る前に,サポート体制をととのえよう

  そこで「ひとりCBT」を行う人にお願いがあります。一人で頑張ってCBTを身につけることは大変素晴らしいことだと思いますが,その前に,できるだけご自分をサポートしてくれる人(サポート資源)をみつけ,自分をとりまくサポート体制(サポート環境)を整えておきましょう。100%自分を理解してサポートしてくれる人でなくても構いません。「このことについては,この人に相談できる」,「この件については,この人が話を聞いてくれる」,「このことについて困ったら,この人にアドバイスしてもらおう」というように,少しでも自分を手助けしてくれそうな人を見つけておき,できれば紙に書き出しておくと良いでしょう。その際,ネットにおける匿名の関わりもうまく使うと良いでしょう。私たち専門家も,そんなふうにサポート体制の一部として,うまく使っていただけたらと思います。

  こんなふうにできるだけサポート体制を整えてから,「ひとりCBT」を開始してみていただきたいのです。専門家と一緒に行うCBTであれ,「ひとりCBT」であれ,そんなにスイスイとスムースに進むことはなく,ときには行き詰まりを感じることもあるでしょう。そんなとき,「やっぱり自分は駄目なんだ」と一人で嘆くのではなく,その行き詰まりについて誰かに話せたり,アドバイスをもらえたりすれば,また気を取り直して「ひとりCBT」にチャレンジする気になれるかもしれません。たとえ直接的なアドバイスをもらえなくても,「ひとりCBTに挑戦しているんだけど,なかなか進まない」といった愚痴を,誰かに聞いてもらえるだけで,ちょっとした助けにはなるはずです。

  そしてこのブログも,「ひとりCBT」のささやかなサポートになれば,さらに嬉しく思います。

●今日のまとめの一言:誰かと話をしたり,誰かが自分を理解しようとしてくれたり手助けしてくれたり・・・といった人との関わりのなかで,私たちは暮らしている。CBTはセルフヘルプ促進を手助けするものだが,「ひとりCBT」を一人で頑張ってやる前に,できるだけ周囲の人たちにサポートしてもらうことを考えよう。

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2005年6月18日 (土)

今日のストレスコーピング(4):マニキュアを塗る

 これは男性の方にはなかなかわかりにくいコーピングかもしれません。

 私は以前は楽器をやっていたこともあって,マニキュアはほとんど塗ったことがなかったのですが,あるクライアントさんと出会ってからマニキュアに興味を抱き,今ではこれも大事なストレスコーピングのひとつになりました。

 マニキュアを塗るときって無心になれるんですよね。というのも,間違えると台無しになってしまい,やり直しをするのが大変ですから,塗るときはその行為に集中せざるを得ないのです。そういうわけで別のことに気を取られてそれからなかなか脱け出せないときも,一度マニキュアを塗り始めると,それに100%集中するので,その間だけでも嫌なことから気をそらすことができるのです。

 マニキュアの効用はそれだけではありません。自分の爪がきれいに光っているというのはなかなか気分のいいもので,うまく塗れたときは,その後何日か,自分の爪を見ては,「まあ,綺麗!」とちょっとした自己満足に浸れます。人間ってきれいに光っているものが本能的に好きなのではないかと思います。自分の手先はしょっちゅう目線に入りますから,そのたびにほんの少しでもいい気分になれるというのは,ささやかながらも役に立つコーピングだと思います。

 もう一つマニキュアの効果としては,「育てる気持ち」を持てることだと思います。マニキュアを綺麗に塗りたければ,自分の爪を大事に育てなければなりません。爪は必ず伸びますから,どうせ伸ばすなら大事にきれいに育てようという気持ちになります。何かの世話をすることがストレスコーピングとして有効であることはよく知られていますが,植物や動物だけでなく,爪の世話もそれに入ると思います。

 さらにもうひとつ。爪って1週間も経てばかなり伸びることは皆知っていることだと思いますが,マニキュアを塗っていると,確実に爪が伸びているのを実感することができるのです。何だかよくわかりませんが,伸びた爪を見ると,「とにかく自分は生きているんだなあ」としみじみと思うことがあります。髪の毛も伸びますが,それよりも爪の伸びのほうが,「生きているから伸びているんだ」と実感しやすいのです。

 他にも,色彩を楽しむ,マニキュアが乾くまでの匂いや除光液の匂いを楽しむ,マニキュアを塗ったつるつるの爪の感触を楽しむといった,五感を使う楽しみもマニキュアにはあると思います。

 もうひとつ言ってしまえば,「安い」「お金があまりかからない」というのも重要かと思います。コストがあまりかからないストレスコーピングは,それだけでとても魅力的です。

 このように徒然に書いていて改めて実感しましたが,マニキュアって,人間のもつ多様なモダリティ(感覚機能)に関わる効用を持っているのですね。

 ま,唯一の難点は,昼間外にいて自分のマニキュアが剥げてしまったのを見つけてしまうと,そのことが気になってむしろストレスに感じることがある,ということでしょうか?

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2005年6月16日 (木)

今日のストレスコーピング(3):気分のよいお店に寄る

  私は通勤時にその日の昼御飯をコンビニに寄って買っていきます。その是非はともかく(笑),選択肢となるコンビニは自宅近くに数件,職場付近にも数件あり,その日の気分で立ち寄るコンビニを使い分けています。

 各コンビニには一長一短があり,一番品揃えがよく,美味しいお弁当を購入できるコンビニAは,店員さんの対応があまりよくありません。しかも品揃えがいいがゆえにいつも混んでいて,長い時間並んで待つこともよくあります。その近くにある別のコンビニBは,品揃えは今ひとつですが,そこでパートで働いている●●さんというおばちゃん(と言って失礼ならば,お姉さん)が最高に感じがよく,時々立ち寄るにすぎない私のような客のことを良く覚えてくれていて,レジで支払いをする時に,とにかくいつもとても気分が良いのです。

 今日は朝から雨ということもあって(雨,大嫌い!),また,一日の予定がびっしりで,出勤時から私はちょっと気が重かったんです。こういうときはどうするかと言うと,コンビニAの前を通り越して,お気に入りのパートの店員さんがいるコンビニBを偵察に行きます。そしてその●●さんがレジにいることが確認できたらコンビニBで買い物し,●●さんがいないとわかったら,コンビニAまで戻って昼御飯を買いに行きます。●●さんの晴れやかな挨拶と客さばきに接すると,とてもすがすがしい気分になり,ほんの一瞬でも「ああよかった! 今日も一日頑張ろう」という気持ちになるからです。そしてラッキーなことに,今朝はコンビニBをのぞくと,●●さんの姿が見えたのです。

 というわけで私はB店に入り,品揃えの薄いお弁当類から何とか昼食に適した商品を選び,レジに行きました。●●さんはいつもの晴れやかな挨拶と対応ぶりでてきぱきと接客してくれました。私はお弁当は箸ではなくフォークで食べたいのですが,今日も「フォークでしたよね?」と言ってフォークを袋に入れてくれました。

 それだけのことなんです。が,とにかくいつも何かちょっと得したようないい気分になります。それには2つの理由があると思います。ひとつは彼女の挨拶がとても気持ちの良いものであること。もうひとつは,彼女が私のことをちょっとだけでも知ってくれており,私の好みに応じてちょっとした配慮をしてくれるということ。

 たとえ個人的なつながりはなくても,コンビニBに行けばそういう人がいて,気持ちよく挨拶でき,気持ちの良い対応をしてくれるということを知っている,ということはとても大事なことだと思います。ストレス理論でいう「ソーシャルサポート」というのは,本来,心理的にあるいは立場的に近しい人だけでなく,この●●さんのような,身近にいるちょっとした人を含めて考えると良いと思います。このようなか細い関係性でも,それが生活のなかでたくさんあれば,仕事がうまくいかないときでも,家族や恋人や友人とうまくいかないときでも,ちょっとだけ元気づけてもらえるような気がするのです。そしてたった少しでも他者との関わりのなかで元気づけてもらえるような体験ができれば,そしてそういう体験ができることを知っていれば,それ自体が有効なストレスコーピングになるのではないかと思います

 おそらくひと昔前であれば,そのような役割を「商店街」が担っていたのかもしれません。しかし少なくとも私の身近では「商店街」は「商店街」として機能しておらず,いつもは大きなスーパーマーケットで買い物はまとめて済ませています。だからこそ日頃立ち寄るコンビニとか,薬局とか,キオスクとか,コーヒーショップとか,要は何でもいいのですが,気分よくちょっとした買い物ができるお店をいくつか知っておくというのは,ストレスコーピングとしてはお手軽で効果的である思うのです。

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2005年6月15日 (水)

今日のストレスコーピング(2):終わりの時間を決めてしまう

 昨日に引き続き,つなぎネタです。

 最悪でも来週前半までにどうしても仕上げたい原稿仕事があって(もちろんCBTに関する原稿です!),ひぃひぃ言っています。原稿書きでエネルギーを使うと,同じく「文章を書く」というブログ活動とバッティングしてしまって,両方を頑張るというのは,どうやら私には無理なようです。

 というわけで,今日も業務の合間や通常の業務終了後に原稿を書いていたのですが,こういう仕事はきりがないので,その気になれば夜中までやってしまうことになります。しかし,そのうちお腹が空いてきました。それに明日はクライアントさんとの予約がぎっしりで,それなりに睡眠を取っておかないと明日,最後のセッションまで自分がもたない,ということにふと気づきました。

(他の臨床家はどうか知りませんが,私は睡眠不足でクライアントさんと面接しつづけると,かなりしんどいです。結局それってセッションの質の低下につながりますので,職業倫理的にも睡眠確保というのは重要だと考えています。・・・が,「それって単なる自分の思い込みかも」とか,「単に歳をとって,弱ってんじゃないの?」とか,私のツッコミ小人がささやいてきたりもしていますが,無視!・・・笑)。

 で,夜10時をまわったときに決めました。「どんなに原稿書きがノッていても,どんなに中途半端な状態でも,とにかく10時半にはオフィスを出る!」と。言ってみればCBTの「活動スケジュール法」という技法のアバウトな適用ということになりますが,ここで重要なのは,自分で決めた「終わりの時間」を自分で守るためのしかけ作りです。別に私が10時半にオフィスを出なくても,誰も私を罰しはしないのです。もしその時間の原稿書きにノッていたら,むしろ自分のなかでは「もっとやっちゃえ!」と,自分で自分をあおってしまうかもしれません。したがって自分で決めた終わりの時間を,何とか自分で守るために,何らかの手を事前に打っておく必要があります。

 今日私が作ったしかけは,よくやることなんですが,でかでかと「10時半に帰る!!!」と書いたポストイットを何枚も用意し,パソコンのモニターの上の部分,デスクでもマウスを使うあたりの部分,オフィスのトイレの壁(トイレに入ったとき真っ先に目に付く場所),今日の仕事で何度も見返す資料などにベタベタと貼るということでした。さらに携帯のスケジュール機能を使って,10時25分に携帯の音楽が鳴り,「死んでも10時半に帰る!」という文言が携帯の画面に表示される,というようにもしました。

 これだけしつこくされると(自分で自分にしつこくしているに過ぎないのですが・・・笑),さすがにどんなにノッていても,「もう止めにして帰らないとな」という気になってきます。気が削がれると言えばそうなんですが,しかし上にも書いた通り,時間など物理的な都合でどこかでケリをつけなければならないとき,自分の意思の力だけに頼るのはなく,むしろ自分でケリをつけられるように,予めしかけておくというのが有効なのではないかと思います。よく「自分を信じて」などと言いますが,こういったことについては自分を信じているとろくなことにならないので,むしろ「未来の自分は何を考えてどうするのか,今の自分には信用できない」ぐらいの軽い不信感で,対策を立てておくほうが,結果的には後でつらい思いをしないで済むこともあるのではないかと思います。

 以上,2日続けてささやかな私のコーピング話でした。原稿仕事が終わらぬ間はもしかしたら,こんなネタが続くかもしれません。ごめんなさい(誰に対して謝っているんだか・・・苦笑)。

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2005年6月14日 (火)

今日のストレスコーピング(1):辛いものを食べる

 このところ出張続きで,またいろいろと仕事に追われまくっていて,更新ができていません。何の義理も義務もないブログなのですが,自分自身で「また今日も更新しなかった」と考え,ちょっと暗い気分になったりするのです。

 これがかの“ブログ・ストレス”かと実感しました。

 そこでストレスを有効活用するはずの認知行動療法家としては,このチャンスをふいにするのはあまりにももったいないので,ブログを更新できないような日々に自分がどんなストレスコーピングを行なっているのか,モニターし報告することにしました。

 ふだんはUPする前に,下書きを作り,何度か推敲するのですが,この【今日のストレスコーピング】に限っては,あえてそのような作業をしないことにしました。ぶっつけ本番で書いてすぐ公開してしまいます。といっても,別に大したストレスコーピングを実践しているわけでは決してありませんで,むしろ「くだらん!」とバカにしていただくぐらいが私としては本望のような気がします。

 というわけで,今日のストレスコーピング。 「辛いものを食べる」です。時間のないときに私が手っ取り早く選択するコーピングです。

 別に辛い料理を作るとか,買って帰るとか,どこかに食べに行くのではないのです。家に一味唐辛子とか七味唐辛子とかチリペッパーとかタバスコとかハバネロエキスとか鷹の爪とか,辛味系スパイスをストックしておくのです。で,その日の夕食のメニューとか味付けに合わせて選択し,後はそれを死ぬほどトッピングするだけです。

 私の周りにも辛いもの好きな友人が結構います。なぜか女性が多いけど,男性もいる。死ぬほど辛いものを食べながら,「ひ~ 死ぬかも~」と叫ぶのに快感を感じるようです。私もそうです。特に仕事なんかであれこれあって,いつまでもそれをグルグル考えつづけて,自分でそれをストップできないときに,この「辛い食べ物コーピング」は役に立ちます。あまりの辛さに,ものを考えられなくなるのです。そして数分後に立ち直ったときには,そのグルグル思考から気づいたら逃れていた,というわけです。

 何が解決されているわけでもないのですが,物理的な要因によってグルグル思考が一時的に中断されただけで,もう私自身の嫌な感じも中断されてしまうんですよね。その分ちょっとだけ自分が楽になったのに気づくと,「たかが食べ物,されど食べ物」だと実感します。

 というわけで,今回の週末の出張ではホテルで一人で食事することが予測されましたので,一味唐辛子の瓶も持参しました。結局近くのコンビニで夕食を調達し,ホテルで食べながら仕事するという味気ないものでしたが,それでもコンビニで買ったおかずに一味をバカバカふりかけて,辛い分満足して食事を終えました。

 長々と書いたわりには,無内容な記事になってしまいましたが,今後も更新できないときはこんな感じで苦し紛れに続けてみようと思います 。

 失礼しました!

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2005年6月 7日 (火)

【一人でできる認知療法・認知行動療法】その4:“ひとりCBT”に適した本(応用編・抑うつ以外の問題への対応)

  入門と抑うつ対象以外の,「ひとりCBT」(一人でやる認知療法・認知行動療法)の参考書について簡単にご紹介します。どれもさほど高い本ではないので,興味を持った方は実物を入手していただければと思います。

デニス・グリーンバーガー&クリスティーン・パデスキー 『うつと不安の認知療法練習帳』 (創元社,2001年,1890円)

  うつ病だけでなく,不安障害(とくにパニック障害)についても十分に記載されてあるCBTの自習用テキスト。非常にわかりやすく,ワークシート等も充実しています。CBTを受けにくるクライアントさんのなかでも,「この本を読んだ」という方は多くいらっしゃいます。

  ただし本書を読んだ方が,その後CBTを受けにいらっしゃるケースがわりと多いというのはどういうことか,とふと考えてしまいます。(もちろん本書を上手に使ってセルフヘルプされる方は,CBTを受けにはいらっしゃらないので,実態はよくわかりませんが・・・) そこでアマゾンの本書のレビューを見たら,「この書は、心理療法というカテゴリーでくくられているために、一般の人たちにはあまり使われないだろうが、「うつ」でない人間にも十分に役立つ。他者との共同生活を十分に営むためのノウハウが、書き込まれているのである」といった記載を見つけました。

  やはりそれなりに内容が濃く,ボリュームもあるので,具合の悪い人が取り組むよりは,本書も『いやな気分よさようなら』と同様に,健康な人がセルフヘルプのために活用するというのが適当なのかもしれません。ちなみに私がクライアントさんとCBTを行う際,副教材として一般書を薦める場合があります。以前は,『いやな気分よさようなら』か,本書『うつと不安の認知療法練習帳』を勧めていましたが,今は,大野先生の『こころが晴れるノート』に絞っています。やはり調子の良くない人には,やや負担になる内容と分量だと思います。その意味では,大野先生の本を終えた方や,専門家とのCBTを終えた方が,仕上げとさらなる応用のために本書を参考にするのが良いのではないかと思います

  ※余談ですが,本書は,CBTについて偏見を持っている臨床家(とくに臨床心理士)にこそ入門書として読んでいただくと良いかもしれません。CBTの基本モデルについてばっちり説明されていますし,“認知再構成法をクライアントさんにやらせて「歪んだ認知を修正する」ことを目的とするのが認知療法ではない”ということが,本書を通じてご理解いただけるかと思いますので。(毒のある文面だったらすみません。「認知療法=クライアントの認知の歪みを矯正する強引な療法」という誤解が,臨床心理士業界では結構はびこっているんです)

ギャビン・アンドリュース 『不安障害の認知行動療法 (1) パニック障害と広場恐怖 患者さん向けマニュアル』 (星和書店,2003年,1050円)

ギャビン・アンドリュース 『不安障害の認知行動療法 (2) 社会恐怖 患者さん向けマニュアル』 (星和書店,2003年,1050円)

ギャビン・アンドリュース 『不安障害の認知行動療法 (3) 強迫性障害とPTSD 患者さん向けマニュアル』 (星和書店,2005年,1050円)

  今回は,この3冊を紹介するのが主眼だといっても過言ではありません。著者はオーストラリアで,CBTの臨床と研究をバリバリにやっておられるプロフェッショナルです。「エビデンス(証拠・実証)に基づく精神医学」を世界に先駆けて提唱された方でもあります。

この3冊はすべて「患者さん向けマニュアル」として出版されています。(1)がパニック障害に特化した参考書,(2)が社会恐怖(社会不安障害)に特化した参考書,(3)が強迫性障害(OCD)と外傷後ストレス障害(PTSD)に特化した参考書です。3分冊になって,各1050円というのも良心的だと思います。これまでに出版された当事者向けのCBTのマニュアルは,ほとんどが“うつ”に焦点を当てたものでした。たとえその他の症状について説明がされていても,「うつのおまけ」といった感が拭えませんでした。が,この3冊は不安障害にばっちり焦点を当てています。さらにその内容は,今世紀に入ってからのエビデンスを最大限に活かしたものであり,非常に信頼できます。

  “うつ”に焦点を当ててCBTを解説するとなると,どうしても“認知再構成法”(いわゆる“コラム法”)がメインの技法として紹介されがちです。でも,CBTをきちんと学び実践している臨床家なら誰でも知っているとおり,不安障害の患者さん・クライアントさんに,認知再構成法を第一選択として適用するということは,あまりありません。不安障害の場合,自動思考ばかりに目を向けるよりも,心理教育をしっかり行ったり,段階的曝露法を実施したり,呼吸コントロールなどで不安をマネジメントしたり,ロールプレイによるリハーサルを行ったりすることで,その人なりの不安克服パッケージを作り上げていくほうが,よほど役に立つことが多いですし,実際にそのようなエビデンスが出ています。認知再構成法を実施することもありますが,それは複数の技法によるパッケージの一部であるに過ぎません。

  というわけで,うつ病や抑うつ症状ではなく,むしろ不安や不安による回避(自分が不安になりそうな場所や状況を避ける)が問題になっている方の場合は,上の②,③,④のどれかをお勧めします。不安による回避を克服するためには,「曝露法」が不可欠ですが,曝露法とはどういうものか,なぜ曝露法が必要なのかといったことについても,きちんと説明されています。

  ちなみに同様のタイトルで治療者向けのテキストが出版されていますが,やはり非常に勉強になります。患者さん向けマニュアルでこのような高度なものが出版されている以上,治療者は「知らなかった」では済まされないのではないか?というのが私の考えです。

飯倉康郎 『強迫性障害の治療ガイド』 (二瓶社,1999年,840円)

  不安障害のなかでも,強迫性障害(以前は「強迫神経症」と呼ばれていた症状,病気。症状としては,手についたばい菌によって病気になるのを恐れて手を洗い続けてしまうとか,侵入者が怖くて何度も戸締りを確認してしまうとか・・・)について,当事者向けに作成されたテキストです。

  強迫性障害のCBTでは,「いかに患者さん・クライアントさんに“曝露反応妨害法”を実施する気になってもらうか」,というのがポイントだと思います。「曝露法がありますよ。やってみましょうよ」とセラピストに言われて,「ああ,そうですか。ぜひやってみます!」などと言って曝露法にチャレンジするクライアントさんはいるはずもなく(その程度の教示で曝露できる人であれば,治療など受けに来ない),曝露法が必要だとわかってはいるのだけれども,どうしたらよいのかわからずに途方に暮れているクライアントさんに,気持ちよく曝露法にトライしていただく,というのがセラピストの仕事なのです。

  強迫性障害といっても,その症状の軽重や複雑性はさまざまです。かなり症状がこじれてしまっていたり長引いたり深刻化してしまっていたりする場合は,やはり自己治療ではなく,専門家によるきちんとした治療を受けたほうがよほど効率的だと思います。が,そこまで深刻でない症状(強迫的な症状はたしかにあるが,日常生活はギリギリ保たれている)であれば,上の④か本書(⑤)を読んで,まず自己治療にトライしてみるのも「あり」ではないかと思います。特に強迫的な症状がシンプルであまり広がりすぎていない場合は(たとえば不潔恐怖によって手洗いばかりする,といったように症状が限られているということ),この⑤の本をお勧めします。強迫性障害について,そして曝露反応妨害法について,非常にわかりやすく書かれており,「あ,自分の症状ってこういうことだったんだ」と理解しやすいと思います。自分の症状を理解することは回復への第一歩です。そして自分なりの曝露法の計画も,本書に沿って作業を進めていけば,立てることが可能だと思います

リリー・ワイス 食べたい!でもやせたい過食症の認知行動療法』 (星和書店,1991年,2447円)

  CBTは摂食障害のなかでも,特に過食症には効果が高いとされています。私自身の臨床経験からも,うまく導入できれば,自分で何とかしたいと思っている過食症の方は,CBTを使って回復することが十分可能だと思います(もちろんケースバイケースですが)。

  過食症のCBTについては,一応本書をお勧めします。この本がかなり役立ったというクライアントさんもいらっしゃいます。しかしこの本だけで過食症を自分で克服したという方の話を私は聞いたことがありません。したがって本書については,一応「こういう本がありますよ」程度に提示するに留めたいと思います。

ジュディス・ベック 『認知療法実践ガイド・基礎から応用まで: ジュディス・ベックの認知療法テキスト』 (星和書店,2004年,4095円)

  実はこれは治療者向けのガイドブックです。しかし私は当事者が本書を読んでも面白いし,役に立つのではないかと思います。というのも,本書は技法そのものではなく,セラピストとクライアントの「対話」に焦点を当てているからです。

前に当ブログでも書いたとおり,CBTで目指しているのは,セラピストとクライアントの「2人対話」を通じて,クライアントが上手に「1人対話」できるようになることです。本書に紹介されている豊富な対話例を読み,それをモデルとして,そのような対話を自分自身と行なうことを目指していただくと良いのではないかと考えます。

  また本書は,CBTのセッションが実際にどのように進められるかということについても詳しく述べられています。CBTを専門家に受けようとする方,あるいは「ひとりCBT」をおやりになる方も,「どのような技法を習得すべきか」ということと同時に,「CBTはどのように進められるのか」ということを知っておくことは,非常に有用だと思います。新しいことを身につける際は何でもそうですが,「何を学ぶか」ということと同時に「どうやって学ぶか」ということを知らなければ,よりよく学ぶことはできないからです。

  ※またまた余談です。本書は専門家向けテキストですが,私は本書に限らず,当事者(ユーザーさん,クライアントさん)およびその関係者が,CBTの専門書をお読みになるのはとてもよいことだと考えます。CBTは「手の内を明かすセラピー」です。そして「セラピストとクライアントが協同作業をするセラピー」です。としたら,可能であれば,クライアントさん自身にもCBTについて詳しく勉強していただくほうが,効率的ですしより高い効果を期待できるのではないかと思います。

  とりとめがなくなってきたので,この辺で終わりにします。2回にわたって当事者の方々用の書籍を紹介しました。しかし人それぞれのニーズや好みがおありでしょうから,できればネットや書店で調べて,自分に合いそうな本を自分で選んでいただけたらと思います。

●今日のまとめの一言: 不安障害の場合,認知再構成法以外にも多くの技法が役に立つことを,当事者の方々にも知っておいていただきたい。またCBTは「手の内を明かすセラピー」であるので,可能であれば,当事者の方々にも専門家向けのテキストをどんどん読んでいただきたい。

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2005年6月 3日 (金)

【一人でできる認知療法・認知行動療法】その3:“ひとりCBT”に適した本(入門編・抑うつ編)

  認知療法・認知行動療法を一人で練習する際に(以下,「ひとりCBT」と表記),役立ちそうな本をいくつか挙げ,その活用の仕方について書いてみます。今日はまず,“入門編・抑うつ編”として,3冊をご紹介します。(例によってこれは筆者の私見によるものです。CBTの自習本は現在他にもたくさん出版されており,私が紹介する以外の本がむしろ「お役立ち」であると考える人もいらっしゃることでしょう。ぜひコメントをお寄せいただけたら幸いです)。

①大野裕 『こころが晴れるノート:うつと不安の認知療法自習帳』 (創元社,2003年,1260円)

 

  「認知療法・認知行動療法(CBT)について興味があるけれども,具体的にはよくわからない。でも一度体験してみたい」という方には,まず本書がお勧めです。CBTの理論に興味があるのではなく,「実際にやってみたい」「スキルを身につけたい」という方には,特に向いているでしょう。

  値段も手ごろですし,内容もとてもシンプルでわかりやすいです。活字を読む元気がないという方でも,この程度のボリュームなら,何とか読み進められるのではないでしょうか? 

しかし注意点が一つ。必ずワークシートを使って「書く作業」を行ってください。わかりやすくて薄い本であるだけに,“さささ~と読んでおしまい”にすると,せっかくの本書の効果があまり得られません。ワークシートはとても使いやすい形で提示されています。本に直接書き込むのではなく,未記入のワークシートを何枚もコピーしておき,そちらに書き込んで練習を続けましょう。このブログでも前述したとおり,CBTは,ツールを使って頭の中の認知や自分の体験したことを“外在化”する作業が非常に重要です。本書は,「読むための本」ではなく「練習するための本」なのです。ただ読むだけなら本書は1日あれば十分ですが,ここに提示されているスキルを実践して身につけるためには,何度も何度も繰り返し練習することが必要です。

そして前にも書きましたが,一気に進めるのではなく,少しずつ進めていくほうが効果的です。本書は薄くて読みやすいからこそ,「一気に読んで,練習してみたい」という誘惑にかられるかもしれませんが,たとえば「1週間につき,1つのモジュール」(注:本書ではそれぞれの技法を「モジュール」として紹介されています)というふうに事前にペースを決めて,一つ一つの技法を着実に身につけて先に進むようにしていただきたいと思います。

②井上和臣 『心のつぶやきがあなたを変える:認知療法自習マニュアル』 (星和書店,1997年,1995円)

  ベックの認知療法,とくに認知再構成法(いわゆるコラム法,非機能的思考記録法)について,その理論と手順を丁寧に解説している本です。認知再構成法においてポイントとなるのが,自動思考について理解し,自分の自動思考をその場で同定できるようになることですが,本書は自動思考を「心のつぶやき」と呼び,その説明や同定の仕方について非常にわかりやすく説明してくれます。

  前に私は「“認知療法=認知再構成法”というのは誤解だ」と書きました。しかし,正しく習得されれば,認知再構成法は,CBTの諸技法のなかでも非常に効果の高い強力な技法であることは間違いありません。とくに様々な出来事や人とのかかわりにおいて,否定的なことを考えやすく,それによってネガティブな気分を抱いたり,やろうとしていることができなくなってしまっているような方には,やはりお勧めの技法です。

  本書は認知再構成法の背景にある認知理論について解説した上で,認知再構成法における手順に沿って段階的に紹介していますので,「読む→理解する→練習する」というやり方を好む人には,ちょうど良いのではないかと思います。ただしこの本に紹介されているワークシートは,大野先生の①の本とは異なり,そのまま書き込んで使うことはやりづらいかと思われますので,ノートを1冊,あらかじめ用意してから取り掛かるとよいでしょう。またやはりこれについても,「1週間に1章分進める」といった計画を立てて,少しずつ学習を進めていただくと良いでしょう。

③デーヴィド・バーンズ 『いやな気分よさようなら:自分で学ぶ「抑うつ」克服法』 (星和書店,2004年,3864円)

  分厚い本ですが,根強いファンが大勢いるようです。これは現在具合が悪いという方にはあまりお勧めしません。なにしろ分厚くて内容が盛りだくさんですから(笑)。実際に「買ったけど,とても読みきれなかった」,「その分厚さに最初からめげてしまった」というクライアントさんの実際の声も聞きます。

しかし,認知再構成法だけではなく,多種多様な小技法がたくさん紹介されていますし,その内容もかなり具体的ですので,うまく活用できればかなりの効果を上げられる本であるとも思います。

  使い方としては,最初からじっくりと読み進めるというよりは,パラパラとめくってみて,「あ,この技法は面白そう」,「これだったらやってみたい」というのを見つけて,実際に練習してみる,というやり方で良いと思います。本書に掲載されている技法をすべて身につける必要はありません。自分に合っていそうな,興味の持てる技法をいくつか身につけられれば,それが自分用の“CBTパッケージ”として,今後の人生で役立てていけることでしょう。また,技法を実際に練習しなくても,本書を読むだけで,「ああそうか,と思って元気が出る」という方も多くいらっしゃるようです。そういう意味では本書は,CBTに興味があり,活字をたくさん読む元気のある方にお勧めできる参考書であると言えます。

  ちなみに私はかなり前,健康な看護師さんのグループに対して継続的なセッションを行い,CBTをストレスマネジメントに役立てていただこうという試みをしたことがあります。その際,本書を看護師さんたちに勧めたところ,かなり好評でした。私とのセッションが終わった後に,何度も本書を読み返しているという方もいらっしゃいます。その意味では,本書は,治療というよりは,「セルフヘルプ力を上げ,今よりももっと上手にストレスとつきあえるようになりたい」という健康な方々に合っているのかもしれません。

(※私の言う「健康」とは,「何の問題もなく,元気で,バリバリに仕事や勉強をしている人」ということを指しているのではありません。実際そんな人いるのか? 私は違うぞ(笑)。ではなくて,精神科に通院し,医師の管理下での注意深い投薬加療が必要な方以外をまとめて「健康」と呼んでいます。そのぐらいアバウトな定義のほうが,実際いいと思う)

  以上,まずは入門的な「ひとりCBT」用の本を紹介しました。繰り返しになりますが,CBTの本は,読むだけではさほど役に立ちません。書いてあることをまずざっと理解した上で,紹介されている技法を実際にやってみることがとても大切です。その際,はりきって一気にやってしまおうとはせず,とにかく少しずつ着実に進めていくことを目指してください。またその際,ワークシートやノートを使って,外在化するようにしてください。次回は,抑うつ以外の問題を抱えている方を対象とした,「ひとりCBT」のための参考書を紹介します。

●今日のまとめの一言: 「ひとりCBT」を始めるのであれば,認知療法・認知行動療法の基本的な考え方や進め方を,まず理解して習得しよう。一冊の本を選んだら,無理のないペースで,少しずつ進めていこう。決してあせってやりすぎないこと。

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