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2005年5月24日 (火)

【認知療法・認知行動療法】コラムその4:自動思考についてのナイスな説明

  CBT,とくにベックの認知療法における“認知再構成法”では,ストレスフルな場面において頭の中に浮かぶ自動思考を同定することを,まずはじめにやりますが,ではその自動思考とは何ぞや?というと,実は未だにきちんとした操作的定義がされておらず,テキストによってバラバラなことが書かれています。

最近も某マンモス学会が発行しているジャーナルに,珍しく認知療法に関する論文が出ていましたが,その論文における自動思考の定義は,「自動的に頭に浮かぶ否定的な思考のこと」という悲惨なものでした。この「否定的な」というのが曲者です。「否定的な思考」って,誰がどう決めることなんだ? さすがに現在のCBTのテキストには,このような定義が書かれることはありませんが,「じゃあ自動思考って何?」と聞かれたときに,それにきちんと回答できるだけの定義づけがなされていないというのが現状だと思います。

CBTにはエビデンスがある」と威張って言われますが(実はときどき私も威張ります),それは治療効果のことであって,CBTが用いているモデルや概念のエビデンス(実証性)って,実はまだまだ弱いのではないかと私は考えています。そして,CBTで用いられるモデルや概念の定義や説明にこそ,私は基礎心理学(とくに認知心理学,社会心理学,発達心理学)の成果を活用するべきだと思います。たとえば自動思考についてであれば,認知心理学における“自動処理”と“制御処理”といった概念から,もう少しマシな定義や説明が可能だと思うのだけどなあ。(そういう作業を私が自分でやればいいのですが,ついついこういったことは日常の臨床や原稿仕事に追われて,結局後回しになってしまうのです)

  さて,長い前フリでした。

  なぜいきなりこんな前フリかと言いますと,日本における精神科救急医療のパイオニアである,計見一雄氏の『統合失調症あるいは精神分裂病』(2004 講談社)を読み直していたら,これまで読んだなかでもっともリアルでもっともわかりやすい自動思考についての説明が書かれていてびっくり。(と言っても,計見氏が自動思考の定義づけのために,この文を書いたわけではありません。これは「主体」と「自己」について書かれてあった箇所からの引用です)

それから友だち。「今夜は自分ひとりを道連れにして,少し街を歩こう」なんていうのが,友だちですね。それから対話者。自分自身と語る,対話する。こんなのは,幻聴まであと一歩。なぜ幻聴なのかと言えば,「年中聞こえてきているのは,お前(主体)に話しかけてくる自分(自己)の声なんだよ」という話になるからです。

ついでにちょっと脱線すると,この「対話」というものがどういう時に,頭の中で一番激しくなるのか。これは,冒険しない人には分からないんです。どういう冒険かというと,「あの女を俺のものにしようかしら」とか,「あの標的を狙おう」。「あの仕事を取ってやろう」とか,「あの仕事を人のやらない新しいやり方でやってやろう」とか,新しい冒険をしようとする時に,頭の中の対話が非常に活発になります。何と対話しているのかというと,今の状況と昔の体験との間を行ったり来たりしているわけです。「あの時はああやってうまく行ったけれども,今度もうまく行くかなあ」とか,「いやダメだろうなあ。それはやめておいた方がいいよ」「どうしようか」「でもなあ」と。

    仮に誰かに電話するにしたって,本当は掛けたくない電話を二本も掛けるとすると,朝から考えていますよ。「いつ電話しようかなあ」と。「あの人はどうだろうな・・・夕方の方が機嫌がいいかな?」「朝掛けると怒るんじゃないかな」「いや大丈夫なんじゃないの」と。年中対話している。

    ある新しい行動,激しいものであれば「冒険」をする時に,頭の中の対話というものは活発になります。だから「弁証法」って言うんです。弁証法というのは,別に哲学的な難しい話じゃなくて,我々が年中やっていることです。現実についてどうしようかと考えて,大概はネガティブ・データがいっぱい脳の中に入っているから「お前,そんなことできっこない」だとか「いや,そんなこと言ったって,やりたいよ」とかね。そういう対話をやっていって,あるところでポッと・・・これは次回に繋がっていく話だけれども,そういう「ある行為を決断する」という形で,パッと結論が出る。これをムツカシク言えばアウフヘーベン,日本語では止揚とか言うらしい。そこで結論が出て,うまく行くこともあるければ・・・おおむねはうまくいかない。

    それでも,うまくいかないということを経験すると,今度は少しお利口になって,対話集会に ―――。対話集会になっちゃったらこれは大変です。頭の中にたくさんの人が,700人入っていたのが1人になったっていう人がいました。なんだか眼がトローンとなって,全然心ここにあらずで,宇宙外に飛んでいたんですが,この頃は眼がピカピカしてきた。俺の顔を覚えていて,「先生」なんて言って側にやってきた。「俺のこと知ってるの?」「知ってるよ」「頭,はっきりしてきたの?」って言ったら,「いや・・・」。ナースに訊いたら,700人いたのが1人になった,って言っているから大丈夫だって。

    だから対話集会では,ダメです。真摯な対話を頭の中でやる訓練をしないと。そうすると分裂病になりません。だから「やたらに対話しているから病気だ」とは言わないでください,ということを私は言いたい。対話をしない方がよっぽど病気だよ,と言いたいわけです。(計見一雄,『統合失調症あるいは精神分裂病』,2004年,講談社,p.220-222

  繰り返しになりますが,自動思考についてこれほどわかりやすく書かれた文はないと思います。自動思考は,まさに冒険しようとするときに,わんさか頭に浮かんでくる「自己」の声なんですね。さらに,「真摯な対話を頭の中でやる訓練をしないと」というフレーズ,うなります。認知再構成法というCBTにおける超重要技法が狙っているのは,まさにこういうことなんです。

●認知再構成法とは,「真摯な対話を頭の中でやる訓練」(@計見一雄)である

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コメント

 面白いです。自動思考のイメージが豊かになりました。自動思考自体に良いも悪いもないのですね。僕だってうまくいっているものもいっぱいあるに違いない。
 これ、後輩で興味持っている奴に教えます。
 実は今業務命令で国立リハビリテーションセンターで研修中なのですが、そこでも認知行動療法の事例が出されていましたよ。
 ところで、このブログ、検索サイトで認知療法ですぐにヒットするのですが、どうすればそうなるのか教えていただけますか?
 関係ない質問ですみません。まだ素人同然なもので・・・。

投稿: アド仙人 | 2005年5月25日 (水) 18時44分

アド仙人さま
いつもコメントありがとうございます。一度自分の自動思考にタイムリーに気づけるようになると,自分の自動思考のくだらなさに笑えることが結構あります。中村うさぎさんの「ツッコミ小人」もそうなんだろうなあ。
で,検索サイト対策ですが,私のほうがもっと素人なので本当のところは良く分かりませんが,とりあえず「認知療法」「認知行動療法」で検索された場合にヒットしてもらいたかったんで,ブログのタイトルにそのまんまそれらのタームを入れました。(ほとんど参考にならないレスかもしれません)

投稿: coping | 2005年5月26日 (木) 18時12分

 ありがとうございます。少し安心しました。(^_^)最近ヤフーで自分の記事がヒットしたのが出てきたので、検索サイトに登録したり、訪問者やリンクが増えていけば徐々に当たる確率が増えるのかもしれません。続けることですね。
 お互い、がんばっていきましょう。

投稿: アド仙人 | 2005年5月28日 (土) 12時20分

初めまして。
緑で書かれたところの思考パターン、自分と全く同じです。
これって普通なんじゃないんですか??違ったのかな??

投稿: それ常にやってます | 2016年12月 6日 (火) 13時50分

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» 形にならない,言葉。 [臨床心理学徒生態誌]
2006年08月22日のエントリ"認知行動療法から入ってもいいとおもう その2" のコメント欄で,小生はなんだかよく分からない受け答えをしている感じがする。 [続きを読む]

受信: 2006年8月24日 (木) 17時21分

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