2006年12月29日 (金)

よいお年を&ブログ長期休止のお知らせ

ブログを休止状態にして,早数ヵ月が経ちます。

なぜ休止状態かというと,2つ理由があり,1つは単に時間がない,という単純な理由です。しかし「時間がない」というのは言い訳に過ぎず(本当に必要だと思ったら,時間なんて,何とかひねりだせるはずですもん),大きいのはもう1つの理由です。

それは,このままCBTおよびストレスコーピングに特化したブログを続けるとしたら,どうしても自分の実名を挙げないと書けないテーマが増えてきた,ということです。あるいはそういう状況になってきた,ということです。

ここ数ヵ月,この件についてどうしようか,自分の中であれこれ検討してきましたが結論が出ません。そもそも当ブログを始めた動機は,CBTについて好きなように自分の思うことを書いてみたい,好きなように書くことによって,認知行動療法家としての自分の考えや今後の方向性を検討したい,ということでありました。そしてそれを公表することによって,皆さんからフィードバックをいただき,さらに自分自身の検討を豊かにしたい,と思っていました。

今でもそれは変わりません。要は個人的なことを書くニーズは私にはなく,ブログを続けるなら,それはひたすらCBTについて考えてみたい,という動機しかないのです。しかし困ったことに,これ以上好きなように書くとしたら,どうしても実名を出して自分がやっていること(仕事というのは,もちろんそういうものですが)に言及せざるをえない感じになってきてしまいました。

そこで,だったらブログのタイトルも変え,思い切って自分の実名を出して,この際CBTについて言いたいことを言ってやれ,ということも考えてみました。しかしそんなことをするほどの「実名」でもありませんし,そもそも,そんなことをする暇があれば実名での活動(すなわち仕事ですが)で,遅れに遅れている数々の案件をなんとかせい!というお叱りの声が届くことは必須で,届かないにしても自分がうしろめたく思うことは間違いなく,そしてそれは当然のことであって,ブログを更新する10分があれば,その10分を,遅れている仕事(翻訳と原稿書きがほとんどなんですが・・・泣)をしなければならないだろうと,毎晩仕事から帰っても夜中までPCに向かう毎日を,この数ヵ月というか1年ほど続けております。

というわけで中途半端なまま,当ブログを放置しておりましたが,とりあえず当ブログはこのまま放置し続けることに決めました。これまでの記事が,いくらかでもお役に立つことがあるかもしれませんし,溜まっている仕事が片付いたあかつきには,また今の匿名状況でブログを再開する気になるかもしれませんし,あるいは実名を出してリニューアルすることに決めるかもしれませんし,要はどうなるかよくわからないのでそのままにしておく,ということです。

というわけで当面更新はいたしませんが,これまでの記事に対するコメントは大歓迎ですし,私自身はできる範囲で地道にCBTの実践や勉強や研究を続けていく所存ですので,今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

それでは皆様,どうぞ良いお年をお迎えください。

追記:禁煙をすることは止めました(とほほ)

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2006年9月 7日 (木)

目の前のことにひとつずつ取り組む

本ブログ,久しく更新していません。

学会であれこれと発表する機会があり,その準備に追われているのと(もちろん,すべてCBTに関連する発表です),某大学院での集中講義(もちろんCBT関連)や,その他企業などでのセミナー(CBT関連もあればメンタルヘルス関連もあり)の仕事でいっぱいいっぱいだからです。もちろん通常の面接業務などはいつもどおり行っております。

こんなときは,もう,「こういう状況なんだから仕方ない」と潔くあきらめて,目の前の仕事をひとつひとつ片付けるしかありません。できればそれぞれの仕事を自分の満足いくまできっちりと仕上げたいのですが,物理的にそれも無理な場合は「とにかく及第点まで仕上げて,それで良しとする」というラインで折り合いをつけるしかありません。

・・・と,ほとんど自分に言い聞かせるための認知的コーピング用ひとりごと記事でした。

CBTにご関心があり,今後開催されるいくつかの学会に参加される方には,お目にかかる機会があるかと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。

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2006年8月14日 (月)

クライアント体験:3ヶ月ぶりのセッションの前

自分のキャパを超える量の仕事をずっと抱えており,本ブログの更新をずっとせずにおりました。秋に立て続けに学会で発表したり,ワークショップやセミナーの講師を担当したりするので(もちろんすべてCBT関連),それらの仕事が落ち着いたら,こまめに更新したいと考えております。それまでは,ごくたまーに,ポツリポツリと・・・。

で,所属機関の月1回の研修会でスタッフ同士で実施している「試行CBT」についてです。4月にインテーク面接,5月に初回面接を実施後,私と相方の都合が合わず,6月,7月にセッションが実現せず,今度の土曜日(8月19日)に,3ヶ月ぶりのセッションが実現する予定です。私の主訴は「禁煙」で,インテーク面接後,めっきりと煙草の本数を減らし,その後多少本数が漸増し,それを維持しているというのが現状です。「今はこのぐらいでいいかなあ」というのが本音で,100箱買った煙草もまだ70箱ぐらい残っているし,吸わなくてよい,あるいは吸ってはいけない時間や場所や状況では,あまり苦もなく吸わずに済ませられるようになったので,自宅や喫煙者の多い飲み会(いまどき珍しい!)では,ほどほどに吸ってもいいじゃない,と自分に言い訳しているのが現状です。

いずれにせよ3ヶ月ぶりのセッションであれば,「3ヶ月の報告」というアジェンダで,ほとんどの時間を使ってしまいそうです(1セッション30分)。3ヶ月を振り返って報告しつつ,現状をセラピストに共有してもらい,そのときどんな気持ちになるかを待って,今後の方針を立てたいと思います。

面白いのが,3ヶ月も間隔が空いても,自分がCBTを開始したというのを忘れる日は一日もない,ということでした。頭の片隅には常にそのことがあって,調子にのって羽目を外した後は,「ああ,そうだったそうだった。私は煙草についてCBTをやっているんだわ」と軌道修正のきっかけにするのです。CBTを受けているという意識が,たとえめざましい進歩ではなくても,ひどい後退(再発)を防ぎ,現状維持をもたらすというのを,身をもって体験しているような感じです。

  というわけで,土曜日のセッションが楽しみです。

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2006年7月17日 (月)

性犯罪被害者支援研修会に参加しました(2)

臨床心理士会主催,被害者支援研修会(とくに「性犯罪被害者支援」という分科会)に参加しての感想のつづきです。

●「なぜ人間性心理学の立場か」の説明をするべきではないだろうか

分科会後半は,B先生の事例発表でした。(つまらない冗談が頻発されないだけ,私の怒りは鎮まりました。)B先生の事例は,性犯罪被害者でPTSDに陥った方に対する,年単位にわたる面接過程を示したものでした(事例についてはこれ以上詳しくここでは紹介しません)。B先生は,前記A先生と同様に,「人間性心理学の立場」に立って,臨床を行っているのだそうです。私自身,人間性心理学の立場による臨床実践がどのようなものか,よくわかっておりませんので,事例そのものについてはとくに感想や意見はなく,しいて言えば,「どんなひどい体験をしても,そこから立ち直る人間の力ってすごいなあ」という,ごくシンプルな感想を,事例に対してではなく,事例に登場したクライアントさんに対して抱きました。

私が疑問に思ったのは,この事例の内容ではなく,「なぜA先生やB先生は,人間性心理学の立場で,性犯罪被害者でPTSDに罹った人の臨床を行っているのか」ということです。PTSDの治療といえば,特にエビデンスという視点から見れば,やはりCBT(特に長時間暴露(PE))や,EMDREMDRCBTに含まれるか否かは,別の議論として重要ですが,ここではちょっと保留)の話が欠かせないと思います。とすると,CBTEMDRを使わず,人間性心理学の立場でPTSDの臨床を行うのであれば,その根拠を教えてもらいたかったのです。

私自身,PTSDの臨床経験は豊富ではなく,PEを実際に実施したこともなく,治療効果のエビデンスとは別に,実際に自分がPTSDの方を担当するとなると,「今の自分が安全にできるアプローチはどのようなものだろうか」との問いを立て,計画を立てると思います。つまり「エビデンスがあるから,絶対にPEをやるべきだ」とか,「効果の発現のありようが明確になっていないけど,とにかく効くからEMDRを実施すべきだ」などとは毛頭思っておりません。だからこそ,B先生らがあえて人間性心理学の立場からPTSDにアプローチするその根拠や効果について,きちんと説明してほしかったのです。「だったら質問タイムに訊けばいいじゃないか」というツッコミもありましょう。が,私の偏見と思い込みですが,そういう質問をしてもそれに納得のいく回答が返ってくるとはとても思えませんでした。そういう質問に対し,十分に納得できる回答が返ってくるような吟味がなされているのであれば,事例発表時にそういう話があったはずだからです。

●「感動しました!」のコメントの嵐

お二人の先生のお話の後は,フロアからコメントが出され,質疑応答が行われました。上記の私の疑問をぶつければよかったのかもしれませんが,あまり回答に期待が持てなかったのと(もしかしたら「ネガティブな結果の先取り」という認知的歪曲?),そもそもそういう批判的なことを皆の前で発言する勇気がなかったので(これは単に「すみません,私が情けない人間なんです」として言いようがありません),私はひたすら黙って,他の方々の発言を聞いていました。

コメントの多くが,事例に対して「感動しました!」というものでした。また他には,「性犯罪の加害者は絶対許せない!」とか,「自分にも娘がいるが,性犯罪だけには遭わせたくない」といったコメントも聞かれました。それぞれのコメントにこめられた思いはわかりますが,「性犯罪被害者支援研修」というアジェンダはどこに行っちゃったのでしょう?他に,参考になるコメントや質問もあり,最後の質疑応答の時間はそれなりに勉強になったやりとりもありましたが,全体的には徒労に終わった研修会参加でした。ひどくもやもやしてしまいました。

この事例も,たとえば心理臨床学会の事例研究発表で発表されるのならいいのですよ。発表聞くのにお金払わないし,そもそも抄録を見て,事前に内容について検討できますから。しかし,今回は前にも書きましたが,臨床心理士会主催の,研修ポイントが発生する,いわば会としては「公的」な研修会です。心理士会主催の研修は,「こころの健康会議」や資格認定協会主催の研修会と並んで,資格更新の際には,必ずポイントを取得しておかなければならない研修の一つです。そういう研修会の質を誰がどうやって担保するのでしょう?

・・・というわけで,ごちゃごちゃ書きましたが,日本の心理臨床の現実に直面するような体験は久々だったので,ある意味,よい体験だったのかも・・・。早々にこの領域でのポイントを取得できたし・・・。と,貴重な休日とお金を費やした体験だったので,強引にポジティブな意味を付与して,本記事終わりにします。

あーあ(笑&ため息)。

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2006年7月14日 (金)

性犯罪被害者支援研修会に参加しました

日本臨床心理士会が主催する第8回被害者支援研修会に参加するため,先週末は福岡まで行ってきました。午前中は全体の講演会。午後が4時間かけて,分科会。私が参加したのは,性犯罪被害者支援の研修会です。わが国で今年からスタートした性犯罪加害者の矯正プログラムに,認知行動療法(CBT)が正式採用され,私もそのプロジェクトにほんのちょびっと関わりがあるので,だったら被害者支援についても,「最新の知見」を入手しておきたいと考え,自腹(航空券代,ホテル代)を切って福岡まで行くことにしたわけです。今思うと,臨床心理士会主催の研修会に「最新の知見」を期待した私が馬鹿でした。今回は,この研修会,とくに分科会に参加しての,批判的感想です。

●テキスト読んで入手できる話ばかりを聞かされた(しかもPTSDについて)

分科会のタイトルは,「性犯罪被害者支援」のはずなのに,分科会前半のA先生のレクチャーは,その4分の3が(もっとかも),外傷後ストレス障害(PTSD)についてでした。しかも,PTSDの三大症状についての話を延々とするなど,要はテキストに書いてあるような話ばっかり。私が聞きたかったのは,PTSDの症状についてではなく,性犯罪の被害やその支援についてなのに・・・。そもそもそういうタイトル(アジェンダ)だったからこそ,この研修会に参加したのに・・・。たとえば,性犯罪被害に遭った人でPTSDに罹る人の割合がどのぐらいで,その違いは何か,といった話を私は聞きたかったのです。また,性犯罪被害によるPTSDの治療は,他の原因によるPTSDに対する治療と同じように考えてよいか,それとも何か別の配慮が必要か,といった話があるものと期待していたのです。(CBTではアジェンダ設定と,アジェンダに沿った話の展開を重視します。そういう話の組み立て方に慣れている私としては,アジェンダ通りにやってもらいたく,とにかくイライラしっぱなしでした。しかも,頻発される冗談がつまらない。つまらない話を聞かされると,たいてい眠くなる私でしたが,怒りで眠気も発生しない状態でした。)

臨床心理士会が主催する,研修ポイントを授与する研修会ということは,会としては公的な意味合いをもつ研修会ということです。しかも私たち参加者は8000円という決して安くない受講料を支払い,しかも日曜日に福岡まで行っているのです。そういう研修会の質がこの程度でよいのだろうか,という疑問を激しく抱きながら,気を取り直して,分科会後半の事例発表を聞きました。(この話,つづく)

※ちなみに本記事は,読む人が読めば,あるいはその気になった人が調べれば,講師の先生方のお名前が明確にわかるはずです。それはまずいことなのでしょうか?という疑問がわきましたが,日本臨床心理士会主催の研修で,いつどこで,誰が講師を務めるのか,という情報は,守秘しなければならないものであるという教示を受けたことはありませんし,個人を誹謗中傷するつもりでこのような記事を書いているつもりもありませんので,思い切ってアップすることにしました。が,万が一このような提示の仕方がまずいという見解があり,その根拠を納得できれば,本記事は削除しますし,つづきの記事(すでに下書きは済んでおりますが)も掲載しませんこと,ここに明記しておきます。

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2006年7月 1日 (土)

お薦めの本:『認知行動アプローチと臨床心理学』(金剛出版)

CBTの実践と研究のインタフェースに関心のあるサイコロジストなら,誰でも尊敬しているであろう(と,私は思っている),丹野義彦先生の新著です。

『認知行動アプローチと臨床心理学』(2006年,金剛出版)

なかなかの大作で,読み応えがありました。

本書の面白さは,ひとことで伝えるのが難しいのですが,とにかく「さまざまな角度から,心理学について学べる,再考できる」と書くとよいでしょうか。認知行動療法の最近の知見のまとめ,イギリスの認知行動療法家の仕事ぶり,なぜイギリスでは認知行動療法がさかんなのか・・・などといった認知行動療法(CBT)に関わる記載だけでも,大変勉強になるのですが,それだけではないのです。

たとえば,心理学は大学教育においてどう扱われる必要があるか,心理学のプロフェッショナルを養成するためのシステムはイギリスの場合どうなっているのか,といったサイコロジストの養成や心理学研究のあり方について,イギリスの実情が詳しく紹介されており,それはそれで勉強になりますし,大いに参考にもなります。

またちょっとした心理学史のおさらいもできます。私は本書で,「連合主義」についてあらためて学べました。

さらにCBTだけではなく,他のアプローチについてもイギリスの現状が詳しく記載されています。対象関係論のちょっとしたお勉強にもなりました。

最後に,やはり本書の素晴らしさは,丹野先生の情熱が,ひしひしと伝わってくることでしょうか。日本の臨床心理領域をもっとエビデンス・ベーストなものにしていくために,CBTを日本において正しい形で普及させるために,イギリスをモデルにしつつ,自分たちで頑張ってやっていこうではないか! という先生の熱い思いが,どの頁を読んでいてもあふれ出てくるように思われました。

以上,とりとめなく書きましたが,とにかく本書の魅力をコンパクトに伝えるのは難しい。ぜひ手にとってお読みになることをお薦めいたします。

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2006年6月22日 (木)

クライアント体験:次のセッションまであと2ヶ月

  今,私が体験している「試行認知行動療法(試行CBT)」は,私が勤務する機関の月1回の内部研修会のときに実施しているものです。なのでセッションのペースは月に1回。かなりゆっくりしたペースですが,急性期ではなく,慢性化した問題を扱うのであれば,この月に1度というペースもなかなか悪くないと,実際にやってみて感じていました。

  が,6月の研修会は相方が研修会を欠席,7月の研修会は私が欠席するはめになり,残念ながら5月のセッションの次は8月,ということになってしまいました。今から数えてあと2ヶ月,この前の5月のセッションから数えて実に3ヶ月ということになります。

  そうとわかったときのクライアントとしての私の反応ですが,確かに残念な気持ちではあるのですが,「とにかく現状を3ヵ月後まで何とか維持して,セラピストに報告したいな」という気持ちが一番強くありました。「3ヶ月あくなら,もういいや,どうとでもなってしまえ」というモチベーション・ダウンでもなく,「3ヶ月あくなら,もっと自分で進めてしまえ」というモチベーション・アップでもなく,維持を望む気持ちです。

  というのも,以前毎日1箱,つまり1週間で7箱以上吸っていた煙草を,今現在週に2箱ペースに落としており,そのなかで「読書療法」をしたり,コーピングカードを使ったり,「吸おうかな,やめておこうかな」という状況でさまざまな自動思考が生じるのを体験したり,「CBTで“我慢”を目指すのは,やはりおかしなことだ」と改めて気づいたり・・・,要はさまざまなことを実感的に体験しており,それだけで今は「いっぱい状態」なのですね。そしてとにかくその「いっぱい状態」を一度セラピストに「報告したい」という気持ちが強くあるのです。報告して落ち着いてから,次のステップに進みたいのです。

  というわけで今回,次のセッションまでの間隔が長いことを知って思ったのは,CBTにおけるセラピストの機能の一つとして,「報告を受ける」「報告を共有する」というのがあるなあ,ということです。「どんなにささいで,つまらないことでも,このセラピストならちゃんと共有してくれるだろう」という信頼があればこそ,こう思えるということも重要だと改めて思いました。

  やっぱりCBTの要は技法ではなく,対話なのだ,ということでしょうか。

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2006年6月15日 (木)

クライアント体験:読書療法感想『禁煙の愉しみ』その1

「禁煙に対する認知行動療法」というタイトルが,実はまずかったと思っています。というのも,私が目指すのが「禁煙」かどうかが,非常にあやういからです。

ただ少なくとも,「遠い先に禁煙できたらいいなあ」という希望的観測のもと,CBTを受け,いろいろと試しているのは事実ですし,面倒くさいので,いちおう「禁煙のためのCBT」ということで,このシリーズ続けていきます。

読書療法の3冊目,『禁煙の愉しみ』(山村 修)について,少しだけ書いてみます。「少しだけ」というのは,本書については,今後いっぱい書きたいからです。また本書を通じて読書療法について改めて考えたことについても,できればちょっとずつ書いてみたいと思っています。

もともと本を読むのが好きな私としては,たとえ実用的な目的であっても,すなわち読書療法目的で読む本であっても,やはり本として読む価値のある,読んでいて楽しい,心に響くようなフレーズが書かれてある本を読みたいものだと思っていました。そういう意味では,読書療法1冊目の『禁煙ファシズムと戦う』は,私にとって実用価値はありませんでしたが,読み物としては,そこそこ楽しめました。逆に『女性のための禁煙セラピー』は,これもあくまでも「私にとっては」という注釈つきですが,読み物としては最低でした。本を読む楽しさ,文章を読む楽しさがまったく感じられなかったので。

  そして今回の『禁煙の愉しみ』です。これはとても素敵な本でした。文章や言葉の連なりとしても素敵。実用書としても素敵。これぐらい素敵であれば,読書療法のお供として,頼りにしたいと思うわけです。本書の何がどのように素敵か,ということについて,今後何回かにわけて書いてみたいと思います。

今日はここまでで失礼します。

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2006年6月 7日 (水)

お薦めの本:『医療現場におけるパーソナリティ障害』(医学書院)

  今回のお薦めの本は,林直樹先生らの新著

医療現場におけるパーソナリティ障害 ― 患者と医療スタッフのよりよい関係をめざして』(2006年,医学書院)です。

  現場におけるリアルな事例が満載で,わが身をそれこそリアルに振り返りながら一気に読めました。そしてあらためて確認できたのは非常にシンプルなことで,「クライアントさん・患者さんを大事にしたいのであれば,現場のスタッフを大事にせよ」ということであり,逆に言えば「現場のスタッフを大事にしたいのであれば,クライアントさん・患者さんを大事にせよ」ということであります。

  しかしこのようなことは,口で言うのはいとも簡単ですが,実際には様々な難問がつきまとってくるわけで,そのギリギリのラインを,林先生のさまざまな文章から学ばせてもらっているような気がします。もっと正確に言えば,「ギリギリのライン」が何なのか,それがよくわからなくなってしまうことが現場では多々ありまして,その際の判断の助けになるような考え方ややり方を,林先生の著作からはいつも教えていただいているような気がします。

  そういう意味で,本書で特に私が助けられたのは,クライアントさん・患者さんから告げられた違法行為(その計画を含む)にかんする対処法についてです。といっても,本書に具体的な指針が事細かに記載されているわけではありません。臨床家自身が自分で判断するための準拠枠のようなものが,漠と説明されているだけにすぎません。しかしそのような準拠枠こそ,まさしく私が求めていたものであり,またこのような準拠枠についてこそ,本書に限らず,林先生の立ち位置にはブレがなく,書かれていることに全面的に同意するかどうかはともかく,読む者が自分の体験を振り返りながら,しっかりと具体的に検討できるように思われるのです。

  クライアントを守り,現場で一緒に仕事をするチームスタッフを守り,自分自身を守り,その中でクライアントの回復を,それを信じながら粘り強く探っていく,という林先生の姿勢は,あちこちで散見する先生の文章から一貫して読み取れ,そして非常に勉強になります。

  ちなみに,本書以外でお薦めの,林先生のご著書といえば,

『人格障害の臨床評価と治療』(金剛出版,2002年)です。これは本当にお薦めです。認知行動療法について詳述はされていませんが,私は本書を読んで,なぜCBTがパーソナリティ障害の治療において,他のアプローチに比べると格段に行動化を惹起せずにすむのか,なぜCBTが安全なおとしどころを見つけられるのか,なぜクライアントさんが混乱せずにケースを全うできるのか・・・といったことについて,かなり整理できたように思われます。

  以上まとまりがなくなってきたので,ここらで終わりにします。

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2006年6月 5日 (月)

クライアント体験:読書療法感想『女性のための禁煙セラピー』

  禁煙(節煙)に対する読書療法のご報告第2弾です。

  あの『禁煙セラピー』の著者,アレン・カー氏による『女性のための禁煙セラピー』(2003年,KKロングセラーズ)についてです。

  実は数年前に『禁煙セラピー』は読んだことがあったのです。が,特に何の感想も持たず,そのまま忘れていたのでした。今回あえて購入したのは,「女性のための・・・」という書名に惹かれたのと(美容関係の記述満載かも・・・という淡い期待),『禁煙セラピー』を読んで禁煙した,という人が身近に何人かいたので,読書療法の一環としてまじめに読んでみようと思ったからでした。

  が,結論から言うと,感想は「なんてムカつく本なんだ!」という一言です。今回は禁煙(節煙)を目指すCBTのクライアントとしての立場で,ひねくれた視点ではなく,真面目に読もうと決意していました。本書の冒頭でも,“本書を読むときのルール”として,「心を開いて読む」と書かれてありまして,ふだんなら,このフレーズだけで,「ふん! 心を開いて読めそうな本だったら,わざわざこんなルールを掲げられなくても,自ら心を開いて読むに決まっているじゃない!」と即座にひねくれてしまいそうなところを,「よし,当事者として,ここはあえて心を開いて読んでみよう」と自分に言い聞かせて読み始めたのです。

  この本の特徴は,とにかく読者に,「あなたは単に,自分がニコチンに取り込まれているという錯覚に陥っているだけだ。意志の強弱の問題じゃない。あなたが止めようと思ったその日からタバコをやめれば,それで大丈夫」という“親切で優しい”メッセージに満ち満ちていることです。

  ご丁寧にも,こんなことまで書かれてあるんです。

タバコを吸い続ける人のほとんどが意志の強い人です。タバコをやめられるかどうかではなく,それ以外の面で,スモーカーの精神力を測った場合,禁煙できない人は精神力の強い人がほとんどです。(p.150)

   なんだそりゃ。とにかく禁煙できない喫煙者に対して,否定的でないメッセージを送ろうとする意図が見え見えです。(ヘビースモーカーの言う,「これだけ体に悪いもんを長年吸い続けている自分は,実は意志が強いのだ」という冗談のほうが,よほどマシだと思います。)

  上記のフレーズも含め,読みながら,とにかくムカムカしてくるんです。そしてその“ムカムカ”の正体は,以下のフレーズを読んだときにはっきりとわかりました。

禁煙したあともほかのスモーカーを避けてはいけません。
反対に周りのスモーカーを反面教師にするのです。残りの人生,同じことをしないですむと喜びましょう。スモーカーは惨めな麻薬中毒者です。その本当の姿が見えれば,あなたが感じるのは哀れみだけです。(p.183)

  要はいたるところで二重のメッセージを読者に送っているわけですね。読者に対しては,“禁煙を検討中のあなたは,ちっとも悪くない。意志だって弱くない。大丈夫。ただタバコをやめればいいだけの話。それだってちっとも難しい話じゃない”というメッセージを送りながら,同時に,こういう間接的な表現で,“喫煙者であるあなたは,実は惨めな麻薬中毒者なんだよ。人から哀れまれるかわいそうな存在なんだよ”と伝え続けているのです。戦略なんだろうし,こういう戦略で本書は売れまくっているわけだし,事実,本書によって禁煙できたという人が存在するので,こういう戦略もありだと認めないといけないとは思いますが,こういうダブルスタンダード的表現ってフェアじゃないと思うなあ。少なくとも私自身は,「喫煙者であるお前は惨めな麻薬中毒者だ。それがお前の本当の姿だ。私(著者)はお前に対して哀れみだけを感じるよ」とストレートに書いてもらったほうが,さぞかしスッキリします。

  というわけで,後味の悪い本でした。が,読書療法的には,こういう本を読んだことは決してマイナスではなく,自分の喫煙スキーマ,節煙スキーマ,禁煙スキーマを再確認でき,それはそれで有益だったと思います。また,セラピストとして,こういうダブルスタンダード的メッセージを発することのないよう真に気をつけよう,と襟を正すことができたというのも収穫だったのではないかと思います。

 

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2006年6月 2日 (金)

クライアント体験:コーピングよりモニタリング

  「禁煙」ではなく,「節煙」は,数字的には今のところまあまあ順調に進んでいます。「数字的には」と書いたのは,心理的には結構葛藤する時間帯が多くあるからです。

  数々の禁煙サイトを見ましたが,そもそも「節煙」はダメで,「きっぱりと禁煙」なんだそうです。が,そこまで私はふんぎりがついていないので,吸わない時間を「小さな禁煙(プチ禁煙」と勝手に名づけて,とにかく1日の本数を減らし,少ない本数に慣れることを,当面の目的とすることにしました。

  そのために先日,コーピングシートを作って,それを本ブログでも紹介しました。それをカード状にして持ち歩き,吸いたくなったら常に参照するようにしていましたが,先日ふと思ったのは,「そもそも我慢しようという認知的対処や,我慢するための行動的対処そのものが,ストレスになるからいけないんだな」という,しごく当たり前のことでした。

  CBTではセラピストとクライアントさんで面接目標決める場合,そもそも「・・・しない」「・・・を我慢する」という表現は極力使わないようにします。「・・・しない」という否定的状態はイメージしづらいですし,「・・・を我慢する」なんて楽しくないですもん。「・・・しない」ということは,言い換えれば何をするということになるのか,「・・・を我慢する」というのは,我慢しながら,別の何をするということになるのか,それらは目標として目指したくなるような状態なのか,それを目標にしたら気持ちがウキウキしてくるのか,その目標を達成できる自分を嬉しいと思えるのか・・・という大事なことを,自分のコーピングカードに対して使っていないことに気づき,自分で呆れてしまったのでした。

  コーピングカードは引き続き持ち歩いていますが,そういうわけで,別の目標イメージが必要だなあと思い,それをぼんやりと探しているのが現状です。が,それでも多少の「我慢」を重ね,吸わない時間帯が生活のなかのそこここに発生しておりますので,今はそれをどうやってしのいでいるかというと,CBTの定石ですが,「セルフ・モニタリング(自己観察)」です。ほどよいコーピングが決まるまでは,とりあえずは自分をモニターすることを続け,ストレス下の自分の反応をつぶさに把握するというのが,必要ですし役に立ちます。というわけで,今は,プチ禁煙中と決めている時間帯に喫煙欲求が生じたときは,ひたすら「ああ,またこの欲求が出てきたぞ。こいつがどんな奴で,いったいどうなっていくか,ちょっと様子をみておこう」とモニターするようにしています。我慢を自分に強いるようなコーピングより,そのままのあり様をモニターするほうが,気持ちも楽ですし,むしろそれが吸わない時間帯のコーピングになるようです。

  「コーピングの前に,たっぷりとモニターすることが大事」などということは,上記のとおりCBTの定石で,普段の臨床で実施している(はず)のことなのに,なんと自分のCBTについては,モニタリングを飛び越してあせってコーピングを実施してしまった・・・という「ミイラ採りがミイラになる」(この使い方は合っているかな?)ようなことをしていたのでした。・・・お恥ずかしい話です。

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2006年5月26日 (金)

クライアント体験:読書療法感想『禁煙ファシズムと戦う』

読書療法の途中経過です。

『禁煙ファシズムと戦う』 小谷野 敦・斉藤貴男・栗原裕一郎(著)

これは反嫌煙運動本です。一気に読了しましたが,感想を一言でまとめると,小谷野氏のパート(これが大部分ですが)は,「下品!」に尽きます。

読み物としては面白いです。中島義道氏の『うるさい日本の私』を読んだときと同じ面白さを感じました。

が,「神経症の自分にはストレス解消のために,いつでもどこでもタバコが必要なんだ。タバコごときでうるさく言うでない。タバコなんかより,排気ガスを撒き散らしている車のほうが,よほどひどいじゃないか。タバコに文句言うより,車に文句言え!」という主張を,露悪的に吐露するやり方は,一読者としては面白がれますが,一喫煙者としては気分が悪くなりました。

ただ,共著者である斉藤貴男氏の,小谷野氏に比べればかなり冷静な議論は,それなりにもっともだと頷きながら読めました。(ちなみに斉藤氏は非喫煙者だそうです)

たとえば,こんなくだり。(旧厚生省の補助を受けた,喫煙者の生涯医療費が非喫煙者の医療費をいくらか上回る,という研究報告に対するコメント)。

  人間は何のために生きているのかと,否応なく考えさせられる。ならば肝機能障害に直結する飲酒はもちろん,ケガの原因となるスポーツ,目を悪くする読書,およそ人間のあらゆる営みに同じことが言え,“予防”の対象になり得る。

  長生きしすぎた老人や身体障害者,治る見込みのない重病人,働かない貧乏人,余計なことを言って社会全体の生産性を低下させるジャーナリストや評論家など,皆とっとと死んでくれることが,財政にとっては一番ありがたいことになる。(p.131)

あるいは,こんなくだり。

  このような思考経路を辿って作成された「健康日本21」試案は,その全体像も,ザミャーチンの『われら』を彷彿とさせる,馬鹿馬鹿しいほどの人間管理思想に貫かれたものになった。先に一部を紹介したが,もう少し列挙しておく。

「質・量ともに極端に偏った食事をする者の割合を減らす」(一日最低一食,きちんとした食事を,二人以上で楽しく,三十分以上かけてとる)」

「一ヵ月間にストレスを感じた人の割合を減少させる」

「六十歳における二十歯以上の自分の歯を有する者の割合を増やす」

「適正な身体活動をする者の増加(国民の10%が早歩き毎日30分実行)」

  誰も好きこのんで孤独な食事を摂っているわけでも,ストレスを溜めているわけでもない。早歩きの励行に至っては泣けてきた。私たちはなぜ,国ごときに自分の健康についてまで指図されなければならないのか。(pp.149-150)

公衆衛生的思想というのはそういうもんでしょ,とも思いますが,私自身も斉藤氏が表明している,国や世論の「清潔・浄化志向」に対する強烈な違和感はわかります。それが喫煙に向かえば,「禁煙ファシズム」と呼んでもよいような極端な主張や制度化につながりうることにも同意します。

斉藤氏は非喫煙者です。そして私は小谷野氏の露悪的態度より,非喫煙者ながら本書に寄稿した斉藤氏に与したいなあと思います。つまり,小谷野氏のように,人びとに抗議されながら,そしてあらゆるところでトラブルを起こしながらといった,つまりバカバカとタバコを吸い続けるといったやり方以外で,「禁煙ファシズム」的なこととは戦いたいなあと思うわけです。

試行CBTを通じて,自分の「タバコスキーマ」をメタ的に考えることの多い今日この頃,いろいろなヒントを与えてくれる本ではありました。

読み物として面白かった分,『女性のための禁煙セラピー』よりはずっとよい本かも。(『禁煙セラピー』については,近日中に書きます。本当に嫌な本でした)

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2006年5月20日 (土)

クライアント体験:読書療法

試行CBTの初回セッションを受けて,5月15日から100箱作戦(別名「超節煙作戦」)を開始して今日で6日目。

これまで1日1箱,場合によってはもっと(飲みにいくと急増)でしたが,コーピングシートを用いつつ,1日平均5本ペースで落ち着いております。これが第一の落としどころという感じがします。仕事中はほとんど吸いません。仕事前,仕事後,帰宅後,夕食後,就寝前という感じです。

が,今日これからお酒の入る食事に行きますので,これが鬼門だな(相手もスモーカー)。明日はタバコ大嫌いな人(母親なんですが)と食事に行きますので,これも別の意味で鬼門です。ただいずれにせよ,「エクスポージャー」と思って臨むことにします。

ところでCBTと言えば読書療法(bibliotherapy)。希望するクライアントさんには積極的に本を紹介し,セッションで検討することも多々あります。というわけで,私も読書療法してみようと思い,次の本を注文,すでに到着,①を読み始めております。

『禁煙ファシズムと戦う』  小谷野敦 他

『女性のための禁煙セラピー』  アレン・カー

『禁煙の愉しみ』  山村 修

①は,禁煙・節煙サポートのため,というより,自分のタバコに対する認知(というよりスキーマに近いもの)を再構成するための参考にするためです。結構笑えます。②は,あの『禁煙セラピー』の著者ということで,ちょっと引き気味なのですが(かなり前に読みましたが,しかけが見え透いており,ひねくれ者の私は素直になれなかった),やはり定番ということで,今度は素直に読む努力をしたいと思います。一番期待しているのは,③。タイトルからして,そそられます。

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2006年5月19日 (金)

クライアント体験:コーピングシートの内容

またまた禁煙(というか超節煙)に対する試行CBTのご報告です。

先日の記事にも書きましたが,初回セッションを受ける前に,初回セッション後すぐに100箱作戦を開始したいと考え,自分なりにコーピングシートを作成しておりました。今日はそのご紹介です。

コーピングシートとかコーピングカードは,認知行動療法ではよく使われる技法ですが,どうってことありません。予測される問題状況に対処したり,予測される望ましくない反応を予防したりするために,予め具体的なコーピングを決めておき,それをシートやカードに記入し,持ち歩いて,いつでも参照する,というものです。

以下に私の作ったコーピングシートの内容を,一部示します。

●予測される問題状況

・前回の喫煙から1時間ぐらい経ったのを確認したとき

・今後1~2時間,タバコを吸えないと認識したとき

・食事を終えたとき   ・ちょっと一息ついたり気分転換したいとき

(以下略)

●予測される自分の反応

・「タバコ吸いたいな」「吸っておこう」「吸っておかなきゃ」と考える

・タバコを吸う準備をする(例:場所や灰皿の確保)

・1本取り出して吸う → とりあえず満足する

●上記の状況・反応への認知的コーピング

・「その1本を,とりあえず次まで吸わずに取っておこう」

・「実は,吸わなくてもいいんじゃないの?」

・「タバコをやめると,どんないいことがあるのかな。5つ考え出してみよう」

(一部略)

●上記の状況・反応への行動的コーピング

・タバコを吸える場所,状況から離れる

・腹式呼吸をする。息を吐きながら煙を吐いた気になる

・「吸わないことにする」と声に出して言う

・ガムをかむ,あめをなめる,水を飲む

・タバコをやめることによって得られる「いいこと」を5つ書き出す。もしくは頭の中で考える

・「タバコを吸う」以外の行為に注意を向ける

・以上の対処でしのげなかったら二コレットを噛む

・それでも駄目なら1本吸う

(一部略)

・・・とあらためて書いてみると,まったくもってありきたりの内容で,さらに「駄目なら1本吸う」などと自分に甘いのが笑えます。

  が,コーピングシートやコーピングカードの目的は,何か特別な対処法を発見したり実施したりすることではなく,問題状況に身をおいている際に忘れてしまいがちなコーピングを外在化しておき,いつでもそれを見られるようにしておく,というしかけを作ることなので,まあこれでも良いのでしょう。あとはこれをちゃんと活用するかどうかですが,今のところ,まあまあかな。(なにしろ「駄目なら吸う」までコーピングに入っているので,失敗というのが起きようがないのです)

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2006年5月17日 (水)

お薦めの本:『自傷行為』(金剛出版)

試行CBTばかりでは何ですし,せっかく備忘録代わりにブログを使うのであれば,CBTに直接関係あるか否かはさておき,読んだ本のなかで,面白かったもの,今後に役立ちそうなものについては,とりあえず書きとめておこうと思います。

で,今回は『自傷行為:実証的研究と治療指針』(ウォルシュ,B.M. & ローゼン,P.M.著,松本俊彦・山口亜希子訳,金剛出版,2005年)です。

本書のよさは,いろいろとありますが,とりあえず思い出せる範囲で箇条書きにしてみると,以下のとおりです。

1.実証研究ベースで,自傷を検討していること。

2.自傷を,境界性パーソナリティ障害のリストカット等に限定せず,重篤な精神病患者や発達障害患者のそれにまで視野を広げ,定式化し,それぞれに対する対処法を実証的視点から論じていること。

3.自傷を自殺企図と概念的に区別し,実証的に検討していること。(自傷と自殺企図の両者を実施する患者さんの場合,それを分けて考えるべき必要性について,本書から明確に教わりました)

4.訳文がすばらしい。さらに訳者あとがきがすばらしい。一読の価値ありです。

自傷行為,特に青年期以上の自傷に対する治療法としては,患者さんのモチベーションや内省力によって精神分析的心理療法と認知行動療法のどちらかを適用することが推奨されていましたが,非常に納得いきました。弁証法的行動療法や問題解決療法についてほとんど触れられておらず,途中で怪訝に思って確認したら,原書は1988年に発行されていたのでした。

私が自殺企図を繰り返す患者さんに対する問題解決アプローチに関するイギリスの論文を読んで,問題解決療法に興味を抱いたのが1991年でした。その3年前に,このような充実した,エビデンスベーストな成書が出版されていたとは,恐れ入りました。(というか,単なる勉強不足?)

ともあれ,自傷や自殺に無関係に仕事をしている心理臨床系の方は,まずおられないと思います。結局はケースバイケースなのでしょうが,ひとつひとつの微妙な判断の際,少しでも判断に役立つ理論的根拠を得ておきたいという方にはお薦めです。

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2006年5月14日 (日)

クライアント体験:第1回セッション

最近この話題ばっかり。

昨日,試行CBTの第1回セッションがありました。時間は30分。内容と感想を簡単にまとめてみます。

●昨日のアジェンダ

1.ホームワークの確認

2.コーピングシートの共有

3.CBTモデルに基づく現状のアセスメント

4.まとめ(ホームワークの設定とフィードバック)

●アジェンダ1.ホームワークの確認

「人生最後のタバコ」を100箱揃えて,箱に番号をつける,というのがHWでした。これはきちんとやってあったので,得意気にセラピストに報告しました。携帯の写真という証拠も見ていただきました。

●アジェンダ2.コーピングシートの共有

このアジェンダは私から提案したものです。数回のセッションを使って,綿密にアセスメントをして,計画を立ててから,超節煙を始めるか,もう100箱揃えたので,早々に超節煙に取りかかるか,少々迷ったのですが,セッションが月に1回ですので,計画立てまできっちり実施するとなると,数ヶ月かかってしまいます。それはちょっともったいないと思ったので,自発的にコーピングシートを作って,タバコを吸いたい状況と,そのときどうやって吸わずにしのぐかという認知的コーピングと行動的コーピングについて,シートに記入して,セラピストと共有し,OKということであれば,開始しようと考えたのでした。

というわけで,シートをセラピストに見せ,これでOKということだったので,早速超節煙に取りかかることになりました。(明日から,と決めています)。コーピングシートの中身については,また後日。

●アジェンダ3.CBTモデルに基づく現状のアセスメント

これは前回合意していたアジェンダであり,セラピストから改めて提案されたアジェンダでもあります。セラピストは「タバコを吸いたい場面を切り取って,具体的にアセスメントしましょう」と提案してくれたのですが,この作業はすでにコーピングシートを作成するときに,自分のなかで完了した感があるため,私からは,「むしろ,現状を少しまとめた形でアセスメントしたい」と提案・依頼しました。それが受け入れられ,セラピストとやりとりしながら,まさに今,超節煙にとりかかろうとしている現状を,CBTのモデルに沿って同定し,それをセラピストがアセスメントツールに書き込んでいってくれました。現状が外在化され,整理されたことによるスッキリ感がありました。(アセスメントの内容や感想もまた後日。)

●まとめ(ホームワークの設定とフィードバック)

ホームワークは,①コーピングシートを用いて超節煙に取りかかること,②毎日の本数を手帳にメモすること,③1日3本以内なら300円貯金することにしたので,その合計値も手帳にメモすること,の3点になりました。最後に本日のセッションの感想を私がフィードバックしました。セッションを通じて,「いよいよだな」と強く思いましたので,シンプルにそれをセラピストに伝えました。

以上が,初回セッションの報告です。こうやってまとめてみると,認知行動療法がいかにセッションを構造化するか,ということが改めてよくわかります。また前回のインテークは15分,今回のセッションは30分で,私たちが通常実施しているセッション(45~50分)に比べると短いのですが,それでもかなりいろいろなことができるなあ,という感想を持ちました。これもCBTの構造化という特徴が寄与していると思われます。

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2006年5月12日 (金)

クライアント体験:初回セッション前夜の気持ち

早いもので,明日が試行CBT,初回セッションです。(前回はインテーク面接扱いでした)

「禁煙しようかな,どうしようかな」という,何とも曖昧な主訴を語ったインテークから早一ヶ月,いまだに心が定まりません。

一応,「人生最後の100箱」を買い揃え,1から100まで番号を振る,というホームワークは実施しました。それどころか,もし明日からその100箱に手をつけるということになったら,という予測のもとに,コーピングシート(問題となりそうな場面において実行可能な,認知的コーピングおよび行動的コーピングを具体的にリスト化するシート)まで自発的に作成してしまいました。明日はできれば現状をCBTのモデルでアセスメントしてもらい,さらにコーピングシートをセラピストに共有してもらったうえで,100箱作戦を開始する決意を固めたいと考えています。

セッションの前夜の今,半分気が重いのですが,半分は結構楽しみでウキウキしている感じです。「それはあくまで試行CBTだからでしょ?」という声も自分の中にあるのですが,反面,CBTを受けに来る本物(?)のクライアントさんたちが,「来るのが楽しい」「(セッションを終えて)今日も楽しかった」「今後どうなるか楽しみ」というように,結構「楽しい」という語を使ったフィードバックをしてくれることがあることを想起し,「そっかあ,クライアントさんたちは,こういう感じで『楽しい』って語っているのかなあ」と考えたりもしています。

ともあれ,明日のセッションを経て,私はとうとう禁煙,というか超節煙の道に踏み出すのかどうか,ちょっとドキドキしていますし,やっぱり楽しみです。

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2006年5月 1日 (月)

クライアント体験:ホームワークやりました!

試行CBTのネタばかりですみませんが,今回もこれです。

私の主訴は,禁煙ですが,とりあえず前回のインテーク面接時に設定されたホームワーク(といっても,私がセラピストさんに提案させてもらったのですが)は,「100箱作戦」のために,とりあえず100箱煙草を買って,箱に番号を振る,というものでした。

ということで,日々,せっせと煙草を買い続けていたのですが,先ほど溜まった煙草がどうやら100箱程度はあるように思われたので,数を数えてみたところ,106箱になっており,そのうちの100箱に「1」から「100」の数字を振り(箱の底に油性マジックで書き込みました),番号順に紙袋に並べました。

そこでふと思ったのが,「紙に書くスタイルのホームワークなら,それを次のセッションに持参すればよいが,このホームワークを実施したことを,セラピストにどう伝えたらよいのだろう?」ということでした。「ホームワークやりました! 自宅にナンバーの振られた煙草が100箱,待機してます!」と口頭で伝えるのでも良いのでしょうが,せっかくやったホームワークなので,もう少し「本当にやったんだよ!」ということをセラピストに伝えたいと思い,携帯で写真を数枚撮りました。次回の初回セッションでは,その写真をセラピストに見てもらおうと思います。やっぱりせっかく実施したホームワークは,できるだけセラピストに共有してもらいたい,と考えるわけです。

CBTは「協同的問題解決」である,と折に触れて私は言っているのですが,実際に「クライアント」としてホームワークをやってみて,やはりクライアントの視点からも,「確かに主役は自分だが,セラピストと共に問題解決していくんだ」と思えるのだ(もちろん全てのクライアントさんがそうだとは言いませんが),ということが実感できたような気がします。

ホームワークをやると,さらに次のセッションが楽しみになってくるのも面白いです。CBTのクライアントさんは,CBTについて,「楽しい」「面白い」という感想をおっしゃる方が多いのですが,「なるほど~」という気がします。